新型コロナウイルスとの「共存期」をどう生き延びるか

終りのないパンデミックは無い,というのが歴史の教えるところであるが,グローバルな新型コロナ危機の終わりがなかなか見えない.決め手になる特効薬がなかなか出てこない以上,この文字通り世界のすみずみに広がってしまったパンデミックは,免疫が機能している罹患経験者と有効なワクチン接種者で,グローバル社会が集団免疫を獲得することでしか収束をみないことになる.

日本経済は,グローバル経済が再び機能しはじめないと,本格的に回復することはないだろう.グローバル経済のシステムは,ウイルスが変異を続ける中で一部に数百万人の感染者が残存し続けるような世界では機能しない.集団免疫をつくるとすれば,グローバル集団免疫をつくらなければならない.例えば,2021年中に,米国とEU,日本がワクチンで感染を抑え込むことができたとしても,それは約10億人分である.これにワクチン外交を展開する中国の14.3億人,ワクチン生産大国のインドの13.5億人を加えても,約38億人で,世界人口の半分に達しない.それだけでもロジスティックサービスが十分行き渡るか懸念は残るが,あと約40億人をきっちり抑え込まないと,グローバル経済においては,繰り返し変異する新型コロナウイルスの攻撃を受けることになる.ワクチン接種者や罹患経験者の免疫がどのくらい持続するのか、についても不安は残る.

このような憂鬱な考察の意味することは,日本経済の新型コロナ危機からの回復をグローバル経済の回復の時と想定するとすれば,回復までの道のりはまだかなり長そうだということである.アフターコロナやポストコロナの「新常態」を議論する前に,新型コロナウイルスとの「共存期」をいかに生き延びるかを,本気で考えなければならない,ということである.

では,それは,サービソロジーにとっては,どういう意味を持つのであろうか.

日本サービス大賞受賞企業と新型コロナ危機

産業が新型コロナ危機と共存するということは,とりもなおさず3密回避型産業構造の確立をめざすということである1.それには,「密接」の回避に対して「非接触」,「密集」に対して「遠隔」,「密閉」に対して「超臨場」のサービスを展開することが必要である.

昨年10月に発表された日本サービス大賞の授賞企業の中には,新型コロナウイルスの感染拡大に対して,いち早く対応した企業が多い.たとえば,ムラカミロジー(1)2でとりあげたコマツは,全国緊急事態宣言の発出後の2020年5月7日,小川啓之社長名でプレスリリースを発表し,スマートコンストラクションの使用によって工事現場のデジタルツインの創出という「超臨場」の実現によって,「遠隔」で土木建設工事ができ,施工の進捗確認や施工検討も可能になること,現場作業員がWebカメラを装着して巡回することによって密接を回避して「非接触」で作業をすすめることができることを顧客に対して訴求している.

これはすでに発表しているソリューションが新型コロナ危機という新たな環境に対してどのように貢献できるかを利用シーンの提案によって訴求するものであるが,新たにソリューションを開発して新型コロナ危機に対応しようとしている企業もある.日本サービス大賞の厚生労働大臣賞と審査員特別賞を同時受賞したUbie社は,その典型である.Ubie社は,5万本の医療関係の論文データや多方面の専門医の知見を用いて,AIを活用した患者用の事前問診システムを開発し,医師の電子カルテへの記載をサポートすることによって,医師が患者に向き合える時間を生み出す「事前問診ユビー」サービスの革新性で受賞した.Ubie社は,全国緊急事態宣言の発出をうけて,迅速に「AI受診相談ユビー新型コロナウイルス版」を開発し,2020年4月28日には,患者向けに無償で提供することを発表している.これはすでに20万人以上の利用が報道されている.さらに,同年5月11日には,病院向けに,感染可能性のある患者の来院を医師や事務部門にアラートする「AI問診ユビーCOVID-19トリアージ」支援システムの提供をはじめている.また,一般のクリニック向けには,2021年の1月8日から「AI問診ユビーforクリニック」を,利用料一年間無料で全国のクリニックに提供する取組みをはじめている.新型コロナ危機はグローバルな危機であり,日本だけでなく,世界中が同じ問題に直面しているが,Ubie社は,この間にシンガポールに拠点を設け,Ubieの事前問診システムの海外での実証実験にも取組みはじめている.

経済産業大臣賞のスプリックス社は,教室型の一斉指導塾の形をとる学習塾の発展形として出てきた第2の塾形態,個別指導塾に特化していた中堅の学習塾企業であるが,個別指導塾が講師不足の問題に直面したことを引き金にして,新たに自立学習塾という第3の業態を開発し,その「自立学習RED」で受賞した.これは,個別指導で用いていた紙媒体の教材「フォレスタシリーズ」をベースに,AIを活用した自社開発の電子媒体「eフォレスタ」を用いて,生徒がタブレットを使って自分で学習し,少数の講師が生徒の学びをサポートする仕組みである.この新たなデジタル教材と,精緻な教室運営のオペレーションシステム「REDナビ・リファ」を組み合わせて,1名~2名の講師が教室内20名から40名の生徒を指導できる事業形態を確立している.新型コロナ危機は,3密環境をつくってしまう個別指導塾だけでなく,2016年に開講し,15教室から82教室へと急成長しつつあった自立学習塾REDも休校せざるをえない状況を生み出した.スプリックスの新型コロナ危機への対応は素早く,緊急事態宣言前の2020年2月26日には,生徒に自宅から「eフォレスタ」にログインしてもらい,質問等の対応は遠隔でサポートする「在宅学習サービス」を立ち上げて,提供を開始している.スプリックス社は,同年11月に大幅な業績の上方修正を行っているが,それにはこの取組みが寄与しているはずである.

「価値共創の達人たち」とサービソロジー

これらの日本サービス大賞受賞企業は,いずれも「革新的で優れたサービス」で日本のサービスイノベーションの模範となる企業として選定されたのであるが,例としてあげた3社の経営者は,一回限りの大きなイノベーションを実現させただけではない.彼らは,変わりゆく顧客の事前期待の変化に常に着目し,いかに自分たちの経営資源の統合力を活用して顧客と価値共創し続けるかが仕事だと考えている「価値共創の達人たち」である.いかに素晴らしい価値提案を行って大きなサービスイノベーションを実現したとしても,新型コロナ危機で,顧客が大きく変化すれば,当然,それに応じて価値共創の姿も大きく変化する.自分たちが成し遂げた価値提案がいかに素晴らしかろうと,あるべき価値共創の姿が変化すれば,その変化した価値共創の姿をできるだけ的確に着想し,素早く実現しようとするのが「価値共創の達人たち」なのである.だから,彼らはもしアフターコロナやポストコロナを迎えることになれば,顧客の事前期待の変化について深く考え,躊躇せず,今追求しつつあるサービスモデルを変えていくものと思われる.彼らの関心は,その時々の顧客接点に適合する価値共創の仕組みの創り込みにあるのである.

サービス学会は,2012年,比較的ゆるやかなサービスについての学として広い分野の研究者・実践者を集めて「サービスイノベーションの実現を目的とするサービスに対する科学的・工学的アプローチの学」としてスタートした3が,その後,多くの研究者が「価値共創を中心概念とするサービスドミナント・ロジックを拠り所として」サービス学研究を推進するようになった.そして,現在のサービソロジー研究は,価値共創の概念と不即不離の関係になっているといっても過言ではなかろう.大多数の研究者が,サービスを,顧客がいだいている事前期待に,最大限応える価値提案を提供者が行い,両者のダイナミックな相互関係の下で顧客の利用価値を実現していくプロセスとしてとらえることを研究の出発点とし,さらに顧客と提供者の区別にこだわらず,複数の資源統合アクターからなる動的な価値共創のエコシステムの実現を目指す,より一般的なサービスの研究へと進化しつつある.

新型コロナ危機は,サービス産業の経営環境,特に顧客接点の形態を根本から変えてしまった.その変化の大きさに立ちすくみ,いかに現在のビジネスモデルを維持するかに執心する経営は,短期の危機には通用しても,「共存期」の経営には通用しない.このような時に重要なのは,変化してしまった顧客の事前期待に正面から向き合い,常に新しい価値共創を可能にするサービスモデルの実現を追求する経営である.そして,それこそがサービソロジーが本来の研究対象とするところである.このような価値共創の仕組みの創り込みを中心におく持続的なサービスイノベーションへのアプローチはこれからますます重要になっていく.まさにサービソロジスト(サービソロジーの研究者,実践者,支援者)の出番が来ているのではないだろうか.

著者紹介

村上 輝康

産業戦略研究所代表.元野村総合研究所理事長. サービス学会顧問.サービス産業生産性協議会幹事・日本サービス大賞委員会委員長.情報学博士(京都大学).


1. 滝順一 (2020).「3密回避型産業構造」の実現を 村上輝康産業戦略研代表,日経電子版.

2. 村上輝康 (2020). 日本サービス大賞は「製造業のサービス化」のコマツに,サービス学会Webマガジン.

3. 村上輝康,新井民夫,RISTEX (編著) (2017). サービソロジーへの招待~価値共創によるサービス・イノベーション,東京大学出版会.

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