2020年2月6日,PostCoffee(ポストコーヒー)はサービスをローンチした.PostCoffeeはコーヒー診断を行うことで,約15万通りの組み合わせの中からそのユーザーの好みのコーヒーが届くサービスである.これまで定期便や頒布会と言われてきたサービスは,いまサブスクリプションサービス(以下,サブスク)と名前を変え新たなビジネスモデルとして注目されている.PostCoffeeはそのサブスクの盛り上がりとともにサービスをローンチし,2020年の日本サブスクリプションビジネス大賞の受賞に至るまでに成長をしている.ここではPostCoffee立ち上げの経緯や事業コンセプト,プロダクト設計思想について紹介したい.
PostCoffeeは世界15カ国,約30種類前後のシングルオリジン*1のスペシャルティコーヒーを扱っており,コーヒー診断によってその中からユーザーの好みに合うコーヒーが3種類導き出され,それがセットになったコーヒーボックスがポスト投函で届くサービスである.豆の挽き方や,杯数,砂糖やミルクの有無,配送回数まで,ユーザー個々のニーズに合わせて細かくカスタマイズができるようになっている.また,コーヒーボックスの中には,コーヒーと一緒にアレンジレシピやシーズンごとの特集などが掲載されたマガジン,クッキーやコースターなどの「おまけ」が付く.初回については,ハンドドリップに必要なドリッパーも付いているため,マグとお湯さえ用意すれば誰でも簡単にコーヒーライフがスタートできるのも特徴である.届いたコーヒーを飲んだあと,Webアプリで簡単なフィードバックを送ると翌月に届くコーヒーがどんどん好みに近づく仕組みになっている. 私は元々Webサイト制作やグラフィックデザインを中心にデジタルクリエイティブを手かける会社を16年経営し,その間に渋谷でコーヒー屋をオープンし3年間運営をしていた.自身もバリスタとしてお客様にコーヒーを提供する中で大きな課題を発見した.それが「ほとんどの人がコーヒーの好みを知らない」ということだった.いくつかのコーヒーの種類を選べるような仕組みにしていたが,どの人も揃って「バリスタのおすすめ」を注文していた.その課題の本質的なところを探っていくと,そもそもコーヒーのフレーバーの違いを楽しめるホンモノのコーヒー「スペシャルティコーヒー」は国内では流通しておらず,マーケットのほとんどをローグレード,コマーシャルコーヒー*2が占めていることがわかった.2010年代に入ってからアメリカの西海岸を始め,世界的にサードウェーブコーヒーが流行し始める中,日本でもその流れはありつつもまだマーケットのほんの一部に過ぎなかった.これまでの経験やノウハウを駆使して,この課題を解決できないかと立ち上げたのがPostCoffeeである.
PostCoffeeは「ライフスタイルを進化させる」をミッションに「コーヒーをもっと美味しく,スマートに.」をビジョンとしている.コーヒーではなく,コーヒーライフスタイルを提供し,人々のライフスタイルをもっと豊かにしたいと考えている.コーヒー屋の定期便や老舗コーヒー企業のサブスク事業が複数存在する一見レッドオーシャンに見えるマーケットだが,私達はこれまでと違った大きく2つのアプローチで挑戦をしている.
まず1つ目は「スタートアップ」という企業のスタンスである.コーヒーのマーケット,特に家庭用コーヒー市場は売上規模的には老舗企業によって寡占されている.そういったマーケットだからこそ,スタートアップならではのスピードと,ある程度の資本が武器になる.不確実な環境の下でリーンスタートアップを始めとする圧倒的なスピードでの仮説検証,プロダクト改善にまずは投資をし,既存市場を再定義するようなイノベーションを生み出すことを狙っている.これはスタートアップだからこそ,そしてPostCoffeeだからこそできるものと考えている.最近ローンチした「らしい」機能として,プラットフォーム化が挙げられる.これまでPostCoffeeは生豆を仕入れ,自家焙煎したコーヒー豆を販売していたが,2021年からは国内外のトップロースターらと提携し,PostCoffeeのコーヒーラインナップへ加えた.ユーザーはPostCoffeeのコーヒー豆と同じく,世界中の有名なローカルロースターのコーヒー豆を気軽に手に入れられるようになる.コーヒー版ZOZOTOWN,コーヒー版Amazonプライムのようなプラットフォームとして,マーケットのデファクトスタンダードとなるようなブランドへの成長を目指している.
2つ目はオンラインからオフラインまで一気通貫したカスタマージャーニーを元にした「UXドリブン」な開発手法だ.私達はあくまでもコーヒーライフスタイルを提供している.単にコーヒーを販売して終わりではなく,コーヒーを取り入れたライフスタイルを送ってもらい,たくさんの成功体験をユーザーに与えたいと考えている.そのために何が出来るかを徹底的に考え,ユーザーインタビューを繰り返し,インサイトを発見しては仮説検証を繰り返している.例えば「3種類ともこれまでに飲んだことのないコーヒーが入っていると嬉しい」という声から,逆に「これまでに飲んだことのあるコーヒーだとワクワクしない」という仮説を立て,そのお客様がこれまでに飲んだことの無いコーヒーが優先して選出されるようにアルゴリズムを最適化するなどした.これは,手法としてはSaaSなどのWebサービスのプロダクトづくりによく用いられてきたものである.私達の場合はオンラインでのコーヒー診断から,コーヒーボックスのUNBOXING,コーヒー抽出,コーヒーを飲む体験,またオンラインへ戻り,継続(サブスク)で生まれるバリュー連鎖の渦へ…というPostCoffeeならではのカスタマージャーニーを持っている.ジャーニーの各フェーズでUXを阻害する要素を潰していき,確実に成功体験へ繋がるような導線,この一連の体験がプロダクトになっている.
以上の大きく2点がマーケットの中でPostCoffeeたらしめる大きな特徴である.
サービスローンチ後,すぐにコロナ禍へ入り,巣ごもり需要なども相まって利用者は大幅に伸長した.そんな中,私達はサービスを通して,消費者のモノの買い方が大きく変わっていく流れを感じている.これまで機能と料金といった機能的便益を比較し,コストパフォーマンスという観点でモノ選びをしていた消費者が,いまはそのブランドが私らしいか,共感できるかといった情緒的便益で取捨選択をし,そのプロダクトと共にそれに紐付いたコトも一緒に購入している.プロダクト側は商品価値の他に,体験価値もセットにしてプロダクトを設計していなければ,顧客はすぐにブランドから離反していく.この消費の仕方の変容が,プロダクトの設計思想を抜本的に見直すきっかけになった.
サービスをローンチしてからまだ1年しか経たないが,引き続き私達は市場が移り変わるスピードをさらに先回りし,ひたすら挑戦し続けたいと考えている.
著者紹介
下村 領
POST COFFEE 株式会社代表取締役.デジタルクリエイティブ制作の会社を自身もデザイナー兼エンジニアとして16年経営後,スタートアップ企業のCTOを経験.その後スペシャルティコーヒー専門のコーヒー屋を3年経営し,2018年 POST COFEEE株式会社を設立.現職に至る.
脚注
- シングルオリジンコーヒーとは単一の既知の農園,地域から栽培されたコーヒー.その農園特有の特徴と特定のフレーバーを楽しむことができる.
- コマーシャルコーヒーとは流通量が最も多いグレードのコーヒー.品質や産地が不明瞭で,主にブレンドとして焙煎を深くして販売されることが多い.スーパーやコンビニで売られているもの.