コロナウィルス感染症COVID-19の流行は,サービス産業に甚大な影響を与え,様々な変化を強いている.この特集は,そうした変化への対応に試行錯誤する「サービス現場の声」に光を当てるものだが,サービスは,提供側と利用側が一体となってつくりあげるものである.だから,利用側である生活者の視点から書くことでも,何かしらの貢献ができるのではないかと考え,この3名で筆を執ることとした.我々のもつ共通の関心は,サービスの成果として個人や社会のよい状態(ウェルビーイング)に注目するTransformative Service Research (TSR) *1にある.本コラムでは,コロナ禍の中で浮かび上がった問題について,TSRの視点から考えることで,サービス研究者が今後取り組むべき方向性を探る.

他者の監視と寛容さ(根本)

近所のスーパーで買い物をしているとき,電車で職場に向かうとき,以前であれば,他の買い物客や乗客はサービスの風景に溶け込んでいて,意識を向けることは少なかった.だが,今はそうではない.咳やくしゃみが聞こえれば,その瞬間にサービスの風景から「他者」が浮かび上がり,誰が発したものなのか,近くにいるのか,遠くにいるのかを判断する処理を,無意識のうちに走らせてしまう.これは,自身や家族のウェルビーイングを守るための自然な反応である(と思いたい).一方,様々な事情から営業をつづける事業者に,強圧的なメッセージを浴びせる「自粛警察」なるものがニュースを賑わせている.筆者は,この現象に抵抗感を覚えながらも,スーパーや電車内で自分自身に生じた反応を思い出し,ハッとさせられた.これら二つの現象は,不安や恐怖の感情をもとに他者を監視するという点で,そう遠くないからだ.差異があるとすれば,自身に生じた不安や恐怖を和らげるために(もしくはある種の享楽として),他者への介入に及んでいるか否かである.果たして,この差異は大きいのか,小さいのか.

TSRの観点から見れば,決して小さくないというのが,ここで示したいことだ.他者への積極的な介入を是とする立場は,パターナリズムと呼ばれる.このような介入は,他者のもつ異なる価値観や振る舞いを,自らの側に引き寄せて同化することを狙うものだ.これにより,他者は予測・制御可能なものとなり,不安や恐怖は軽減される.一方で,パターナリズムは,被介入者の自律性を損なってしまう点で批判の目が向けられてきた.自律性とは,自らの価値観のもとで選択・決定している感覚のことであり,その人のウェルビーイングに欠かせない要因である.それゆえTSRでは,サービス参加者が互いの自律性を尊重すること,すなわち他者を他者のままにして関わり合うことによって到達できる価値が尊ばれてきた(第2著者(ホー)が詳述している).筆者を含む多くの人が他者への監視の目を強めている今,そこで踏みとどまり,他者を受け入れる寛容さをもつことが,サービス本来の価値を見失わないために重要ではなかろうか.

今日からの未来(ホー)

 筆者にとって,サービス研究とは他者と共に未来を創造するための学問である.ゆえに,疫病の流行によって社会システムが大きく破壊された今だからこそ,ここではTSRというツールを使って,“昨日までの世界”から“今日からの未来”へと前進するための視点を提案したい.

 これまで,筆者は共助サービスと観光サービスの研究に携わってきた.共助サービスについては,買い物難民のための移動販売を対象とした.買い物難民といえば,一般的には支援すべき弱者だと見られている.しかし,対象事例においてはサービスを通じて成長することで,長期的には消費者が提供側にも参加するようになり,持続可能な様式での共助サービスを形成するに至った.観光サービスに関しても単なる楽しい周遊観光ではなく,社会問題の現場へ赴いてそこで起きている現実を見つめるというスタディツアーを研究対象としてきた.旅行者はスタディツアーに参加することで知識や想像力を培い,自身の日常行動を変容させるようになった*2.これらの事例が示唆するのは,他者との関わり合いによって人は自分の世界観を広げ,成長することで本来備わっている潜在能力を発揮できるようになるということである.その人固有の潜在能力を社会の中で発揮することは,古来からウェルビーイングの重要な一側面とされてきた.このように,サービスには人々にウェルビーイングをもたらす力がある.一見すると弱者に見える人にも,その人自身に固有の能力がある.自分が弱者の立場に居ないのであれば,それは単にあなたが能力を発揮できるように既存のサービスが設計されているからに過ぎない.強弱の区別無くあらゆる人々の潜在能力を発揮できるように,人と人の関わり合いを設計・編集することこそがサービスの意義である.

伝統社会では地縁・血縁関係の中で,皆が自分の役割を果たしながら集団の中での存在意義を見出していた*3.対して,情報技術が過分に発達した現代社会では分業化が進み過ぎてしまい,我々は本質的に他者への関心を失くしてしまっている.先日も散歩に出掛けたところ,公園で遊ぶ親子を見掛けた.本来ならば微笑ましい光景を想像する場面だが,父母はずっと手元の小さな画面ばかりを見つめ,子供は子供同士でごっこ遊びをしていた.TSRの観点から見れば,家族とは互いの潜在能力を引き出し合う対等な個人によって構成される集合体と位置付けられる.しかし,互いの潜在能力を引き出すには相手に関心を持って深く関与することが不可欠であろう.街では少しずつ新しい生活様式に向けた経済・社会活動が再開し始めた.だが,新しい生活様式の目指す未来は未だどこにも提示されておらず,このままでは社会的距離に配慮しただけの従来の生活様式が繰り返されるばかりである.今日から始まる未来に向けて,サービスの提供側も利用側も相手に深い関心を寄せて,互いの潜在能力を発揮することができるようサービスを組み立て直して欲しい.そうして,未来を生きる我々にとっての“新しい生活様式”がようやく始まるだろう.

見えない存在との関係による価値共破壊とサービスにおけるワクチン開発に向けて(白肌)

サービス学は価値づくりに関して独特の見方を持っている.人間は自らの知識やスキルを使って何かを資源にし(資源統合という),その行為を基に他者に価値を提案していく.提案された者は,それを使用することで価値を得る.その際にも何らかの関与を必要とするために,「価値は共創される」という考え方をする.一方,この価値共創の考え方と関連して価値共破壊という概念がある.これはサービスシステムに悪影響を及ぼす相互作用プロセスを意味する*4.これまでの関連研究では,サービス参加者の知識レベルや認識の違いから偶発的にそれが発生する場合と,何らかの意図的な行為(組織の特定顧客を優遇するサービス指針や,従業員の妨害行為,顧客の意向に沿わない技術導入など)を通じて発生する場合の2タイプの共破壊メカニズムが指摘されている.

今回のコロナ禍では,まず価値共破壊の深刻さが露呈した.ウィルスという,形はあれども多くの人間にとっては目に見えない存在との関係性の中で,我々はその存在を把握するために,医学・疫学知見に基づく指標の数値や,コロナ禍を原因にした企業倒産といった経済システム上の出来事をシグナルとして受け取り,状況や恐ろしさを把握してきた.恐ろしさの感情は基本的に,何かに新規に参加する意欲を減退させ,第1著者(根本)が指摘するように自分と他者を同化させようとする.コロナ禍における共破壊の根源は,もちろん政策によるマクロ的な影響もあるが,そうした目に見えない存在の捉え方に端を発した資源統合への意欲あるいは関心の稀薄化や,他者の自律性を損ねる誤った資源統合にある.

さてこのような中で,TSRが取り組むべきことは何か.まずは価値共破壊の中でもウェルビーイングに関連する課題の抽出と,損害を受けたサービスシステムが自らが修復していける変化を促すような,いわばサービスのためのワクチン開発に向けた視点を考察・提案することだと考えている.下記は図を基に,TSRの視点でもあるアクセス性・リテラシー・公平感・健康・幸福感から,大学教育サービスのオンラインシフトを一例に考えた課題である.なお,幸福感については,社会構造も制度も変化する中にあって,多くのサービスシステムにおいて,その参加者は幸福の再定義をしていることであろう.

  • アクセス性:学生のインターネット環境の十分・不十分さで必要な講義の受講困難さ.
  • リテラシー:オンライン授業のサービス目標と教員の情報リテラシーのギャップ.
  • 公平感:同じ学費ながらビデオ講義というコロナ世代の他世代の比較による不公平感.
  • 健康:オンライン講義ゆえの同学年の学生との交流不足と,それによる精神的孤独.
  • 幸福感:従来の幸福の考え方と異なる観点の模索.幸福の再定義.

サービスのワクチン開発にはビジョンや革新的なアイデア,共同の仕方やアイデアを実践していくための人材や技術,デザイン方法論が重要だ.そして何より必要なのは,未来に向けて希望が持てる要素がどこにあるのかを探究していくことにある.様々なサービスシステムが損害を受けている中,漠然と希望と言ってもピンとこないだろう.しかし,先に示したTSRの観点から課題を分析し,それを改善する案を検討・実践を繰り返す中で,豊かさのある新しい生活様式として何らかの制度が共有されていくことで,第2著者(ホー)が指摘するような,希望のある今日からの未来が開けるであろう.価値共破壊の現実や発生メカニズムを捉え,TSRの視点で希望の持てるサービスシステムの回復に向けて知恵を絞る必要がある.

図 COVID-19流行に対するサービスのワクチン開発に向けて(文献*1*5を基盤に第3著者作成)

著者紹介

根本 裕太郎

東京都立産業技術研究センターIoT開発セクター副主任研究員,博士(工学).ウェルビーイング志向のサービスデザインに関心.日本TSRコミュニティを共同主宰.本コミュニティのWebサイト(http://jptsr.net)に,今回のコラムの補足を含めた記事掲載を予定.

ホー バック

東京工業大学工学院経営工学系助教.博士(知識科学).サービス力学(Service mechanics)の理論研究に従事.日本TSRコミュニティを共同主宰.

白肌 邦生

北陸先端科学技術大学院大学 知識科学系准教授.博士(学術).TSR全般,特にサービスサステナビリティをテーマに研究を推進.日本TSRコミュニティ,アドバイザー.

  • *1 Anderson, L., Ostrom, A. L., Corus, C., Fisk, R. P., Gallan, A. S., Giraldo, M., Mende, M., Mulder, M., Rayburn S.W., Rosenbaum, M.S., Shirahada, K., Williams, J. D. (2013). Transformative service research: An agenda for the future. Journal of Business Research, 66(8), 1203–1210. 
  • *2 ホーバック,安部敏樹 (2019). 日常からの逃走:観光のまなざしとウェルビーイング. サービソロジー, 6(1), 20-27. https://www.jstage.jst.go.jp/article/serviceology/6/1/6_20/_pdf/-char/ja
  • *3 Diamond J. (2012). The world until yesterday: What can we learn from traditional societies?, Viking Penguin. 倉骨彰(訳) (2017). 昨日までの世界:文明の源流と人類の未来, 日本経済新聞出版社.
  • *4 Loïc, P. and Rubén, C. C. (2010) Not always co-creation: introducing interactional co-destruction of value in service-dominant logic, Journal of Services Marketing, 24(6), pp. 430–437.
  • *5 Cajaiba-Santana, G. (2014). Social innovation: Moving the field forward. A conceptual framework. Technological Forecasting and Social Change, 82, 42-51.
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