はじめに

2020年の年初より始まったコロナ禍は現時点においても収束が確認できない.その間,医療サービス,観光業,外食産業,輸送業を始めとして,あらゆる分野でそれまでの社会・経済環境を一変させる状況が続いている.しかし, コロナ禍が始まる以前も,人口減少高齢化,情報化による働き方の変化,日本の国際競争力の低下によって,社会保障制度の維持が困難になり,個人の可処分所得の圧迫など経済環境が大きく変化している.特に国際競争力の低下は,もはやコントロールしようがないほどに深刻な問題である.これまでの日本経済は,工業製品を海外に売ることで均衡していた.しかし,情報通信産業では,海外のサービスがなければもはや社会が成り立たず,金融においても資産運用という名目で海外へ資金が流失し続けている.
産業構造の変化にともない,特に大都市圏では,高度成長期に地方から集積した給与生活者の集積が大きく,人生100年時代と相まって新たな施策が求められている.一方で在宅勤務(テレワーク)の急速な普及によって,都市部のオフィス需要が減少し,都市への通勤者を地域へ還流させている.とどめることができないこうした変化に対して,私たちは新たなサービス・テクノロジーを創造し,社会をさらに進化させることができるだろうか.
サービス学会のWebサイトには,サービスについて,『サービスは経済の主要活動であるとともに,生活の質(Quality of Life)の向上,地域社会の繁栄,ひいては地球規模問題の解決の基底となる重要な要素である.グローバル化する市場においては,製品やサービスの経済学的価値を高めることが求められる一方,サービスを利用する個々の生活者にとっての価値(生活価値)を高めることが重要である.』と掲載されている.
確かに私たちは,これまでにも住宅問題,公害問題,流通革命,金融危機など,様々な課題を,サービス・テクノロジーの創出によって克服してきた.こうした課題は,緊急性が高く,社会的にも影響が大きい課題である.しかし,生活者,消費者,市民など最終消費者に対して,本来,本人がなすべき行為を代替する,また本人が解決できない課題の解決を,対価を前提に代替するサービスが,地域をより活性化させるとすればそれは,どのようにして生み出すのだろうか.
地域活性化を考えるとき,改めて認識すべきは徳川政権が選択した幕藩体制である.関ケ原の合戦において勝利した徳川家康だが,豊臣秀吉のような中央集権は作れなかった.幕府は4割を直轄したものの,それ以外は親藩,外様問わず,諸大名の支配に任せることになった.領民はその土地から離れることが許されなかったし,諸大名は,その地域の領民に対し,学問を奨励し,殖産興業にまい進した.当時は外国との貿易はなかった.しかし,封じられた大名,領民が様々な工夫や努力を積み重ねて,今日の地域の独自性の基礎を築いたことは否めない.国際競争力を失い,かつての成長モデルが通用しなくなった現在,未来への成長力の源泉は,中央政府でも,大企業でもなく,地域の活性化,それを支えるサービス開発人材としての,一人ひとりの住民の力にかかっているのではないだろうか.
SDGsが示す様々な課題も,一朝一夕には解決できないが,持続可能な社会を目指すために,連綿として取り組み続けなければならない.こうした課題を解決するサービスはどのようにして発生するのか,またその担い手は誰なのか.さらにサービスの発生そのものをマネジメントすることはできないのか.サービスを生み出すサービス,いわばサービス産業の「マザーマシン」については,これまで語られてこなかった.このサービス産業の「マザーマシン」について考える一つの材料として「いちかわTMO講座」の取り組みを検証する.いちかわTMO講座概要を説明し,さらに修了後のコメントを確認したのち,その評価をもたらすメカニズムについて考察する.

いちかわTMO講座とは

「いちかわTMO講座」は,慶應義塾大学名誉教授で,湘南藤沢キャンパスの創設にも深くかかわった元千葉商科大学政策情報学部長の井関利明先生の発案で2008年に第1期が開講した.地域活性化を担う,まちづくりのリーダーTMO(Town Management Officer)には,「知と技法」「場づくり・関係づくり」といった新たなマネジメント技法が不可欠だという理念を井関先生は示された.当時,井関先生は,市川市が設立にかかわったNPO法人いちかわライフネットワーククラブ(2002年3月設立:現理事長 青山真士)の初代理事長であった.「いちかわTMO講座」は,現在に至るまで市川市とNPO法人いちかわライフネットワーククラブの共催事業として運営されている.
NPO法人いちかわライフネットワーククラブは,千葉県市川市本八幡を拠点とし,施設管理や市川市から委託された図書窓口事業,SOHOオフィスの運営,中小事業者・ベンチャー等の支援と育成活動などを行っている.
いちかわTMO講座は,通例,9月~翌年3月まで実施されるTMO講座(本講座)と,翌年度4月~6月まで実施されるTMOアドバンス講座で構成されている.TMOアドバンス講座は,本講座修了生のうち,市民へ一般公開されるTMOアドバンス修了発表会(7月に実施)に挑むことを前提とした講座である.以下に本講座のカリキュラムと概要を記す.

第1講 オリエンテーション
第2講 地域活動からソーシャル・デザインへ
~地域に活かす自己実現〜
第3講 ワークショップⅠ
第4講 生活者市民の地域ビジネス ~創発社会のイノベーターとして~(千葉商科大学)
第5講 ワークショップⅡ
第6講 市川市の市政 市川市の景観まちづくり(市川市)
第7講 市川市の地域防災計画(市川市)
第8講 ワークショップⅢ
第9講 地域の中の生活環境(和洋女子大学)
第10講 地域における技術活用(千葉工業大学)
第11講 ワークショップⅣ
第12講 様々な地域活動
第13講 修了研究発表会(1)
第14講 修了研究発表会(2)
修了式
開催期間 9月~3月 原則月2回 水曜日 19時~20時45分(ワークショップは21時まで)
     オリエンテーション,及び発表会 土曜日 10時〜17時

<いちかわTMO講座の実績と修了生の声>
2008年(第1期)から2021年(第14期)までに,本講座修了生は,本講座219名,アドバンス講座93名である.講座修了後,活動分野は,子育て・教育支援,環境,高齢者福祉,園芸,起業支援,地域イベント主催,など様々な分野で,コミュニティビジネスを立ち上げるなど継続的な活動が展開されている.アドバンス修了生の発表内容はWebに掲載されており,どなたでも閲覧することができる1)
修了生は,自らの活躍の場をつくり,さまざまな活動を続けている.そうした活動事例の概要を紹介したい.
石垣留美さんは,結婚後,市外から市川市内に転居し,この地で子育てを始め,お子様の就学時に揃えなければならない制服,学用品の出費に悩まされた.近隣に相談する相手もなく「お下がり」をお願いする伝手もなかった.そうした経験から,学生服のリユース事業「ゆずりば」を起業した.行政による「子育て支援」のメニューには様々なものがあるが,行政では手が届かない,また保護者にとって切実な問題にアプローチされている.
鈴木雄高さんは,経済系の研究所で研究をされているが,1日の大半を仕事のため東京都で過ごすいわゆる千葉都民であり,地域との接点が少なかった.いちかわTMO講座の受講を通じて,同期だけでなく,期をまたがって,仕事以外での地域の仲間を増やし,地域活動チームを立ち上げられた.また趣味である音楽活動の仲間も地域の中に見つけ,生活の場で活躍を広げている.市川市の幸運は,都心に通勤する多様なスキルや経験を持った人材が集積していることで,今後,地域の課題に対して鈴木さんが培ったご経験が生かされることに期待されている.

紙屋郁子さんは,長らく専業主婦をされてきたが,結婚前に培ったパソコンインストラクターとしての経験を活かし,子供のためにプログラミングを教えている.市内の小学校でのプログラミング教室での講師も務められているが,我々のNPOのメンバーとして市川市,千葉工業大学とも連携して「市川市の環境問題をプログラミングで啓発する」という試みを千葉県環境財団の支援のもと,毎年実施している.プログラミングをはじめ子弟の多様で豊かな教育環境が提供されることは,その地域の魅力になることは間違いない.新たな地域活性化の試みといえる.
光井浄司さんは,すでに仕事を離れているが,いちかわTMO講座を通じて,市内のサイクリング好適な道を仲間を募って開拓,紹介している.生活の場としての市川市は,買い物のための自家用車があれば事足りるとも思われがちだが,自転車を通じて見る街には,新たな発見や愛着を持てる事物に出合える確率が高くなる.シニア世代が活躍できるフィールドとして,独創的で質の高い活動ではないだろうか.縦横3~5km圏内に49万人が暮らす市川市だからこそ,自転車を通じた交流が,市川の未来を大きく拓くと期待したい.
佐藤鼓子さんは3人兄弟を自宅で出産した.産む女性が人として尊重され,主体的に向き合う妊娠・出産体験に感動.分娩介助した開業助産師のような寄り添いを多くの女性や赤ちゃん,その家族に届けたいと,助産師を中心に多職種が連携する任意団体「助産宿」を設立した.市川市には分娩可能な助産院はなかった.しかし,市川市に出張可能な埼玉県三郷市の助産師と出会う.市川市で助産院の設立を目標とし,また世界の妊産婦を支援するNGOジョイセフのチャリティランイベントも市川市内で2021年3月から毎年,開催を続けている.

こうした活動を実施している修了生は,「いちかわTMO講座」をどのようにとらえているだろうか.
これまでの講座修了生に対しアンケートを実施し,「いちかわTMO講座」に関し,以下の回答を得た.

設問1)いちかわTMO講座に参加したきっかけを教えてください.
●家内が広報いちかわを見て,この講座に行ったらと言われて.
●先にTMO講座に参加した知人に誘われたから.
●市川市出身の起業家について,調べている中で12期の修了発表会を視聴したため.
●「広報いちかわ」で受講者募集の告知記事を見て,まちづくりを体系的に学べるという内容に興味を持ったことです.

設問2)TMO講座を受講してお感じになったこと,変化について教えてください.
●いろいろな人とつながれて,とても良い刺激をもらっている.受講する前より市川市がもっと好きになった.
●想いをアウトプットする能力がつきました.また,多世代の方と交流する中で,資金的な角度や事業の安定性といったロジカルな視点を養うことができました.
●行動することを徹底して教えていただきました.知り合いがいない土地に来て,これからどうやって事業を進めていこうと悩んでいる時だったので,地域に仲間ができたことは,今の支えになっています.
●発言力,マテリアルをまとめる力がついたと思います.第三者から見た予測される感想を率直に言って頂きとてもためになったのを覚えています.
●当事者以外の方に事業や活動の必要性を説明することの大切さを学びました.一見関連がないように見えても,新たなアイデアを頂き,連携できることもあり,広い視野を保つことが習慣になりました.
●人生が,変わりました 普通の主婦の私が,いろいろな方々と繋がり,学ぶことにより,視点が広くなり,豊かな人生につながっています.
●長年,市川市に住み続けていますが,地域とのつながりが希薄で,これといって地域活動をしていたわけでもありませんでした.講座を受講して,小さなことであっても地域で他者と一緒に活動することは「まちづくり」のひとつである,という認識を持つことができ,受講後に似たような想いを持つ仲間と共に,まちづくりを行うNPO法人を立ち上げ,地域が楽しい場所になることを目指して市内で音楽活動を始めるに至りました.いずれも,受講しなければ,なしえていなかったことだと思います.
●市川都民から市川市民になりました.

設問3)TMO講座のカリキュラム・講座内容・運営・講師・設備等についてお感じになったことを教えてください.
●講座内容,講師については今の内容が望ましい.同じ人たちが回数を重ねて考えを伝え合ううちに,それらを講師がスパークリングさせて,新結合が起きている.このようなことは,なかなか他の人ではできない(講師が交代すると,なかなか新結合が生じない)ので.運営・設備等については,リアル+オンラインのオペレーションができることが望ましい.
●ワークショップはかなり鍛えられたが,励みになった.
●講師から添削を受けた際に,実現するための具体性について追求されました.その経験はとても活きており,マネタイズするための資金繰りやマーケットの規模を理解するといった,下調べがとても得意になりました.
●講義内で教わった,市川の歴史やTMO発足の歴史,市川発の伝統文化(中台神輿or真間の手児奈)などは20代では学ぶことも少ない経験でしたので,郷土愛がより一層増しました.
●大学教授からの講座,市職員の方との交流など,受講しなければ知り得ないことも多くありました.またそれらをどのように伝えて下さるのか,汲み取り自分の課題に活かすのかを考える貴重な機会になりました.グループワークを繰り返し行うことによって,アピールポイントや課題が整理出来ました.
●市川市の現状や環境について,当たり前のものとして意識してなかったですが,知識や情報を得ることで,より身近に,また当事者意識を持つようになりました.
●行政の方々,大学の先生の話はなかなか聞けるものではないので,視野が広がり,自分たちの周りを見直す良いきっかけになっていると思います.
いずれ日中も開催できたら女性の参加率が上がるのではと考えています.
●まちづくりを広義で捉えてカリキュラムが構成されており,様々な領域の基礎的な内容を修得することができたことは,受講後の活動にも生きています.多彩な講師陣も魅力的でした.また,座学だけでなく,ワークショップも経験できたので,自分の意見を整理して相手に伝えるための技術を磨けました.

設問4)修了発表についてお感じになったことを教えてください.
●期限が決められる中で,発表できたという達成感と自信につながる.そして,伝えるために,最後は筋に沿って余分な部分をそぎ落とす感覚も得られるので,本人のためにとてもよい.
●緊張するけれど,人前で発表するために準備もするし,貴重なフィードバックをもらえる.年に1,2回でも,このように発表できる機会があればいい.
●修了発表では,本当にやりたいことを,叶えるために,具体的に,どのような方法で起こすか.という点を意識して,pptを作成しました.
社会人の中では青二才な発表ではありましたが,世代を問わずたくさんの人たちの前で,話をするというのは,貴重な経験でした.結果として様々な方から,お褒めのお言葉や,興味を持っていただけて,非常に嬉しかったです.
●アドバンスは地域の皆さんに向けて発信するきっかけになり,自身も方向性を見出すきっかけとなりました.本八幡にサロンをオープンするきっかけ,原動力になったと思います.
●自分のやりたい事を言語化,見える化するために修了発表の場はとても大切な機会だと思っています.ただ学ぶ,繋がるだけではなく,多くの方に伝わる表現や手法を,体験を通して理解できます.また,発表を聞く方々も受講生の想いを受け止め次につながる機会になっていると思います.皆さんの熱を感じています.
●自分が考えていること,やりたいことを列挙するだけでは相手に伝わらないということを講座内で痛感していたので,修了発表では,内容を絞り込み,無駄を省いてそぎ落としたうえで,聴いている人にインパクトが残るような表現を心掛けました.発表内容に対してたくさんの方からいただいたコメントは宝物です.
●同期の方々の成長ぶりに驚いた.

設問5)地域での活動時,TMO修了生同士の交流で感じたことはありましたか.
●JC関連のイベントや,地域活動中に,TMO受講者の共通の知り合いということで,繋がることもできました.各々が,違うステージで発信をしている人材が集まっているからこそ,一人ひとりの存在感がとてもあるのだと実感しました.
●顔見知りがいることで,輪がどんどん広がりました.自分だけではできないことを,お願いでき,助け合える関係性は財産だと思っています.
●縦のつながりがとてもあると思いました.それぞれの方がそれぞれの思いで共存しながら頑張ってらっしゃるところが素敵だと思います.
●TMO修了生同士の交流も盛んで,こんな方を探していると伝えるとたくさん候補があがります.それぞれ切磋琢磨できる関係です.
●期を越えて,協力し合える関係性があると感じています.
●TMO講座を受講した皆さんは,意識が高く,人間的にもとても素晴らしい方々ばかりだと思っています.あるときは相談に乗ったり,ある時はお手伝いをしたり,ある時は一緒に活動したりと,いつも気持ちよく交流させていただいています.
●直接知り合っている修了生だけでなく,知り合いの修了生のさらに知り合いの人を紹介してもらうなど,講座を受講したことで,同期以外の仲間が増えていくことは,長年継続しているTMO講座ならではのことだと痛感しています.これを書いている今も,実は,TMO修了生(異なる4つの期の修了生)による地域活動チームの打ち合わせの直後なのです!

設問6)TMO講座修了後,講座についてどのような方にどんなお話をされましたか.
●第三者(友人,知人等)に伝えようとするも,前述したようなTMOの本当の良さを伝えることはなかなか難しい.聞く方は,地域活動をしようとする人向けの一般的な講座(ありきたりな)と思ってしまう.その場にいないとわからない面がある.市の方も,最近その場に居るようになって,はじめて理解したのではないか.
●講座の魅力(地域の仲間と学び,つながれること)をほうぼうでお伝えしている.また卒業生同士のコラボ企画も開催して,良い効果をもたらしている.
●これから起業したい方,市川市内での子育て支援をしたい方などに受講の感想を聞かれることが多かったです.人脈を広げること,PRポイントを整理できることなど先にあげたことをお伝えしました.
●自分がこれをやりたい,これからどうしたらいいか悩んでいる,やりたい事はあり,動き始めているが,うまくいかない.という相談や話をよく聞きます.そのような方々に自分はTMO講座「知と技法」「場づくり・関係づくり」を学び,ここでしか出会えなかった多くの方と繋がり,今に至っている.TMO講座がなければ,今の活動もなかった.と話をしています.そのうえで,悩んでいる方々にTMO講座をお勧めしています.
●市川市外から市川市内の勤務地に通っている友人に,居住者とは異なる視点で,市川市でのまちづくりを学び,実践してみてはどうか,と,TMO講座の受講を強く推奨しました.その友人は,後に講座を受講し,市川市で地域活動をするようになりました.

設問7)その他,ご意見やご要望がございましたら教えてください.
●最近,市との関係が近くなったような気がしており,受講生の方もその接近感を得ているはずで,TMOの魅力が増したように思う.
●これからも続けてほしい.千葉商科大学だけでなく,和洋女子大や東京医科歯科大には大学としても学生にも参画してほしい.
●TMO講座を受講したことをきっかけに,地域での生活が面白くなっていきました.市川市で,あまり面白くないなと感じている人に,この講座の受講をお勧めしたいです.TMO講座は,地域を面白くするための,あるいは,面白いと感じるための,きっかけを掴める場です.

代表的な意見を抜粋したが,主催者が感じる,いちかわTMO講座の受講生の特徴としては,①途中で離脱する方がほとんどいない,②欠席する方もほとんどいない,③理由なしに遅刻する方もほとんどいないことである.それでは,講座運営をどのように進めているかを説明する.

オリエンテーションでのコメント

いちかわTMO講座では,第1講のオリエンテーションで,受講にあたっての3つのお願いと進め方を説明している.3つのお願いは,「行政を語るな」「混ぜるな危険」「縁に頼るな」である.「行政を語るな」は,受講中,市川市のやり方が悪い等々の行政批判や行政への要望はするな,というお願いである.あくまでも街の課題に対して自分はどう振る舞うかが重要だと考える.「混ぜるな危険」は,同じようなテーマだから,協力できるから,良い提案だからといってグループで提案することもご遠慮いただいている.受講中は主催者側で受講生,修了生を連携させることもない.どんなに同じように見えても考え方はそれぞれである.いちかわTMO講座のWebに掲載された修了生の発表を見ても,一つとして重なるものはない.個人として発表内容に100%コミットして初めてリーダーとしての推進力が得られるのだと考えている.最後の「縁に頼るな」は,TMO同期だから,修了生だからと言って行きたくもないイベントに参加し,買いたくもないものを買うなということである.もちろんイベントや商品の宣伝をすることは奨励されることであるが,義理で付き合わないでほしいとお願いしている.
こうしたお願いは,アンケートの結果と矛盾しているように思えるかもしれない.しかし,長く運営する中で不可欠だと感じたポイントでもある.
「いちかわTMO講座」では,人生100年時代に向けて,過去の経験やスキル,また自ら主体的に捉えた社会の問題を考える中で新しい自分を見つけていただく.一人ひとりがまちづくりのリーダーとして,それぞれ個別の提案を行う.期を重ねるごとに,受講生の新鮮な発想で,地才地活が継承・蓄積されている.この提案を生み出すプロセスを課題の発見,傾聴力とコミュニケーション技法,地域との連携の側面から,それぞれにどのようにアプローチしているかを紹介する.

課題の発見

地域活動をしたい,コミュニティビジネスを立ち上げたい,という思いを持つ市民は多い.これは,TMO講座へ参加する代表的な動機でもある.しかし「何をやっていいかわからない」人もまた多い.時々,受講生にお話しするエピソードがある.「神社に行ってお参りをすると,社殿の奥に鏡があって鏡の中で頭を下げている自分が写っている.鏡だから現実の世界と反対の姿を映し出す.例えば,幸せにしてください,というと,鏡の中の自分は,どうかひどい目にあってください.といっていると思ってください.鏡に映っている自分は実は神様です.全知全能の神様も一つだけできないことがある.それは具体的に苦しむことです.具体的に苦しんでいない人には,何が苦しいのかわからない.苦しみがわかる人にしか,それを解決するモチベーションは沸いてこない.あなたがその問題を解決する当事者なのです.簡単に幸せになってはなりません.」多くの修了生を見て思うことは,みな経験や資格があること,得意なことで勝負したがる.が実は,自分が一番苦しんでいることをテーマにした人のほうが,より深く,長く,その課題に取り組み続けるようである.その解決につながる技法や場づくり・関係づくりは,周囲からサポートすることができるが,その課題を克服するモチベーションは,当事者でなければ持ちえない.
いずれに限らず,新たなサービスの開拓の場面でも,この「当事者意識」の必要性を強く感じる.先にも述べたように「いちかわTMO講座」では,「知と技法」「場づくり・関係づくり」を基本としてきた.受講生自身の課題意識がこの「知と技法」「場づくり・関係づくり」と呼応するとき効果的なプロジェクトが生まれてくるのではないだろうか.

傾聴力とコミュニケーション技法

TMO講座は,4回開催されるワークショップにも特徴がある.第1回目のワークショップでは,会議卓を囲んだ参加者が,順番に1人ずつ自己紹介をしていくのだが,1番目の自己紹介の間,2番目の人は,メモを取らずに1番目の自己紹介をじっと聞く.1番目の自己紹介が終わったら,2番目の人は,1番目の人の自己紹介を復唱したのち,自分の自己紹介を行ってもらう.その間,3番目の人は,2番目の人の自己紹介をじっと聞く.これを繰り返すのである.その間,自己紹介をしている人と,次の自己紹介をする人以外の参加者は,ポストイットに発表者へのエールを書いていく.一巡すると,今度は反対回りで同じ作業を繰り返す.
時計回り,反時計回りで2周するのは,たまたま相手が悪かったのか,それとも自分自身のコミュニケーション能力が問題なのかを把握してもらうためである.そしてこのトレーニングを繰り返すことによって,短い時間に的確に自己アピールをすることの重要性を参加者には理解していただいているようである.
さらにポストイットに発表者へのエールを書いてくださいとお願いしている.その日のワークショップが終わると参加者人数分のポストイットが集まる.それを家に持って帰って読み返すことになるが,自分の心に一番刺さったポストイットはノートか紙で左上に張り付けるだろう,そしてその隣には次に刺さったポストイット・・・多くの人はこの動作を行うはずである.この時大事なことは,この左上のポジションのコメントをかける人がリーダーにふさわしい人だということである.
ワークショップ初日のこのプロセスは,参加者にとってかなり疲れる作業である.まず,人の話を,メモをせずに記憶していくこと自体が難しい.話を聞く側は自己紹介をどの程度理解しているかをメンバーに晒されることになるし,自己紹介をしている人は(気を使うことができる人は)相手が理解し,記憶しやすいように配慮しながらしゃべることになる.しかし,コミュニケーション技法を体感するうえでは,きわめて有効な方法だと考えている.
地域活動に熱心な人は,往々にしておしゃべりである.熱意をもって語りたいことがたくさんあることはよいことだ.しかし,それが相手に理解されるように話せているかどうかを確認する機会はあまりない.自分の思いが相手に伝わらないと不満に思う人が多いが,伝え方が悪い場合がほとんどだろう.そもそも,一回の会話で伝えられることは極めて少ないことを理解する必要がある.
また話を聞く側は,相手の話の中で何が一番大事か,つかみ取らなければならない.ポイントをずらすと,相手は理解されなかったと思うだろう.逆に自分の話をきちんと理解し,反復してくれた人には信頼が生まれる.リーダーシップの要諦の一つは,自分の考えを明確に伝えられ,かつ相手の意見を正確に理解する能力である.
4回のワークショップでは,ほぼ同じような自己紹介を繰り返しているだけである(隣の人の話の繰り返しは初回しかやらないが).初めて自己紹介をしたあとは,「あそこはこんな風にしゃべればよかった」などと後悔している人がほとんどではないだろうか.何度も自己紹介を繰り返し,ほかのメンバーの自己紹介を聞くうちに自分自身を形成しているほかの人とは違う何かに気づく.ひたすら自己紹介を繰り返している間に,取り組むべき課題や解決方法がおのずと明らかになっていく「知と技法」を醸成するプロセスである.

地域との連携

カリキュラムには,4回のワークショップのほかに,市川市,千葉商科大学,和洋女子大学,千葉工業大学からもご出講いただいている.これは創設者の井関先生のお計らいによるもので,我々は地元の大学との連携を重視してきた.ただし,いちかわTMO講座の眼目は,市川市やそれぞれの大学の先生方の講義を受けることだけではない.受講生自身の課題や提案をコンパクトに先生方に伝えさせていただく時間を重視している.これはワークショップでの自己紹介のスキルが生かされる場面でもある.イノベーションは新結合であり,異なる2つの価値の間に生まれるものである.市川市やそれぞれの大学からの講義内容と自分自身のテーマの間に新しい何かを生み出す訓練の場である.もちろんすべてのテーマで接点が見つかるわけではない.しかし,大学側も常に地域との連携を模索している.これまで大学側が用意した地域連携のプログラムに関わった修了生も多い.あるいは市川市の様々な審議会等に委員として参画した修了生もいる.自分自身の考えを明確に示すことができると地域の中での連携がより具体的になる.我々が目指す「場づくり・関係づくり」とはそういうものである.

これからの課題

このような取り組みをこれまで14年間実施してきた.もちろん最初から完成していたわけではない.さらに現在の状況で満足しているわけでもない.井関先生が当初目指されたいちかわTMO講座の目標は『新しい「知と技法」「場づくり・関係づくり」リーダーシップ,データ収集やデジタル処理技法を身につけた「地域づくり」のリーダーの養成』であり,加えて我々が現在目標としているのは『新たな課題設定から,地域価値を創造(ソーシャル・デザイン)し,単なるボランティアでなくビジネスとして実現する力』を持つ市民の醸成である.そのためにはDXに代表されるデジタル技術の習得や,ビジネスリテラシーも充実させる必要がある.現在もクラウドソーシングの活用技術やプロジェクトマネジメントの講座を用意しているが,さらに拡充,高度化を図っていきたい.

まとめ:社会へのインパクト

いちかわTMO講座では,毎年秋に特別講座としてTMOシンポジウムを開催している.ここでは,TMOアドバンス修了生のテーマを1つ取り上げ,有識者を交えてディスカッションを行ってきた.2021年度は,〜人生100年時代を見据えた地域就業社会の実現~をテーマに「働き方改革」が市川市にどのような影響をもたらすのか議論を深めた.この時,基調講演をお願いした東京工業大学名誉教授 比嘉邦彦先生は,いちかわTMO講座の活動を「地才地活」と評していただいた.コロナ禍で急速にテレワークが進んでいるが,これは市川市のようなベッドタウンにとっては,東京に通勤する働き手の意識を地域に呼び戻す機会ともいえる.千葉県では東京への通勤者が住居を構えるエリアは,東京駅から20kmの市川市から50kmの千葉市あたりが中心になるだろうか.これは東京を取り巻く外環道路と国道16号線のエリアに相当する.ここには地方から就職に伴って移動してきた人が集積している.人生100年時代と言われる今日,こうした人々が終生社会とかかわり続ける仕組みづくりが不可欠である.
住民,あるいは消費者としてサービスの受け手になるばかりではなく,一人ひとりの市民がサービスの創出者,担い手になる仕組みが必要である.これまで培ってきたスキル・経験や問題意識からそれぞれの市民が固有の卓越した課題解決のためのソーシャル・デザインを行い,それを実現する.まちづくりのリーダーたちが,あたかもサーカスのように多彩な活動を繰り広げる.私たちはこれを「イノベーション・サーカス」と呼んでいる.
こうした活動をコミュニティビジネスとして実現することは,新たな経済圏の創出を意図する.個人がもっと稼げる社会を目指す.これまでの「新製品」による経済循環の活性化ではなく,まちづくりリーダーのコミュニティビジネスの活性化により低燃費社会を実現させ,サスティナブルなエシカル消費・活躍社会を目指す.「いちかわTMO講座」はこの途上にある.

謝辞

これまでの15年にわたる「いちかわTMO講座」での経験は,私に多くの気づきを与えてくれた.「知と技法」「場づくり・関係づくり」を標榜してきた私たちだが,何よりも「実践の場」があってこそ「知と技法」が得られるのだと改めて感じる.その場を共有していただいた市川市役所,および歴々のご担当に深く感謝を捧げる.さらに大学としての地域連携を具体的な形で示していただいた千葉商科大学,和洋女子大,千葉工業大学の諸先生方には引き続きのご鞭撻を賜りたい.今回のアンケートにご協力いただいた修了生のみなさん,特に事例掲載に応じていただいた石垣留美さん,鈴木雄高さん,紙屋郁子さん,光井浄司さん,佐藤鼓子さん,ありがとうございました.最後になりますが,NPO事業として「いちかわTMO講座」の実施に関わってきた青山真士理事長,岡本喜美事務局長,光井浄司人づくり事業部長,理事の皆様,そして次のTMO講座の講師を目指していただく渡邉裕美さん,寺田圭彦さん,これからもどうぞよろしくお願いいたします.

参考文献

1)いちかわライフネットワーククラブ(2022).「いちかわTMO事業」 https://www.i-lnc.jp/ichikawa-tmo/ (2022年5月2日アクセス)

著者紹介

熊野健志
NPO法人いちかわライフネットワーククラブ 副理事長
国家資格キャリアコンサルタント
市川市消防団 副団長 防災士 危機管理士
日本テレワーク学会理事 米国PMI認定PMP(1199812) 東京工業大学大学院修了(技術経営修士)

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