今回は,サービスをいかにして創り上げて行くのかという,サービスのデザインをテーマとしたい.デザインはサービスに限らずほとんどの構成プロセス*1につきものであるので,一般的な構成の方法論として定式化する.

分析と構成

先日,日本学士院の勉強会でAIの話題提供をした後の質問で,吉川弘之さんが自然科学などの分析手法はきれいに定式化できるのに,その逆向きである構成手法は定式化できなくてずっと悩んでいるという話をされた.私が産総研にいた頃の理事長が吉川さんで,この話題はその頃から聞いていた.後に産総研で「シンセシオロジー」という機関紙が吉川さんの発案で創刊され,私も初期の編集委員会に名を連ねていた.シンセシオロジーでは吉川さんの意図するような構成の方法論を展開する論文が出てくるかと期待したが,産総研という制約からか,構成したもののお披露目論文が多かった.それでも,世にあるほとんどの論文誌は分析科学を中心に構成(punではありません:-)されているので,シンセシオロジーのカバーした分野*2は意義のあるものであったと思う.

分析(analysis)と構成(synthesis)は,前者が全体から部分へ,後者が部分から全体へと考えると逆向きではあるが,実はそう単純ではない.分析の場合には全体が与えられていて,それを部分に分けていけば良いのだが,新しいものを構成する場合には,そのための部品を用意するところから始めなければならない.プラモデルのように部品が与えられていて,それを組み合わせれば良いというわけには行かない.構成は,お手本が存在する分析より遥かに難しい行為ということになる(後述するように,分析は構成の一部に含まれる).カルマン渦で有名な航空工学者のTheodore von Karmanが,「科学者は現存する世界を研究するが,工学者はこれまでに存在しなかった世界を創る」という趣旨の言葉(図1)を残している.

図1 工学者カルマンの言葉*3

まずは部品が全体のデザイン*4を変える例から見てみたい.第二次大戦までの飛行機は尾輪式であった.つまり一対の主脚と小さな尾輪で構成されている.しかし,大戦後の飛行機には前輪が付いている.大きなデザインの変更である.尾輪式の飛行機は着陸が難しいとされている.横風などの外的要因で滑走路上でスピンしてしまうのだ.なぜ第二次大戦まではそのような欠陥のある尾輪式を採用していたのだろうか?

図2 尾輪式の飛行機の例(零戦)*5
図3 前輪式の飛行機の例(セスナ)*6

理由はこうだ.ほとんどの飛行機はエンジンが前にある.プロペラで後ろから押す*7より,前から引っ張る方が安定性が良いからだが,そうすると飛行機の重心は前の方に来る*8.重心から遠く,機体の重量があまりかからない尾輪は小さく軽くて良いのに対し,前輪は機体の重量を受け止めるように頑丈でなければならない.第二次大戦までの航空機エンジンは非力で,重い前輪を装着することによる重量増加を許容するだけの余裕がなかったそうである.部品の制約が航空機のデザイン(全体設計)に影響を及ぼした例である.

デザインの定式化

デザインというのは意匠*9も含むが,それだけではない.設計というのもデザインだ.私はデザインを「機能を形にする行為」と定義している.先の飛行機の例で言えば,効率良く,安全に飛行できる仕組みを作り上げることがデザインである.その意味でデザインというのは構成的行為だ.

分析により万有引力の法則が定式化できても,引力を作り出す装置が作れないのと同じで,全体から部分(つまり部品)を直接求めることはできそうにない.そこで自然進化と同じような試行錯誤を考える.部分をある程度想定し,それを組み上げてみるのだ.そして求める全体像との差分を検知し,部品のデザインに戻す.

図4はスタンフォード大学のd.schoolを創ったIDEOというデザイン会社が定式化したデザインの方法論である.左が理想論,右が現実とのこと.現実の方があちこちのフェーズを行ったり来たりしているが,私は理想のループを何度も繰返す方が正しいプロセスに思える.そこでFNSというループ(スパイラル)を考えた.

図4 IDEOによるデザインプロセスの理想(左)と現実(右)

FNS

我々はデザインあるいは構成のプロセスをFNS*10として定式化した(図5)*11

図5 FNSループ

FNSは,第1回のコラムで紹介したSPINの概念の発展版だと考えていただいても良い.左上は頭の中にある,実現したいものの概念(プラン)である.これを実現したものは実世界環境の中に置かれる(サービスされる)ので環境との相互作用がなんらかの形で起こる.この相互作用は多くの場合予期せぬものである.そこで,この相互作用を観測し,その記述(モデル)を頭の中に作る(この部分は自然科学的分析方法論).モデルの一部に焦点を当てて元のプランを修正する.そして次のループに入るのだが,この一連の過程で最初に思い描いたプランは少し修正されることがある.構成してみることによって判明したことを反映するのである.従って実際には図7のようなスパイラル*12が形成される.自動車だって携帯電話だって,人工物は全て,この様にしてデザインされ,改善されてきた.様々なモノのデザインにおけるスケッチやコンピュータシミュレーションも図6のプランの実装と同じ機能を持っている.外在化することによって新しいものが見えてくる.
FNSループで重要なのは,実はこれがループではなくスパイラル(図6)だということである.予期しなかったものが見えることによってプラン自体が変化して行く.これの大掛かりな実例は,航空機システムの運用と進化に定型的な形で見られる.私の子供の頃は墜落事故が良く起こったものだが,最近はそれが減っている.現実世界で墜落事故が起こるとその状態を分析し,原因を特定する作業が行われる.これをプランに戻してより安全なデザインへと変更して行くのである.残念ながら墜落事故が絶えることはないだろうから航空機システムは運用自体がこのスパイラルを形成しているのである.

図6 ループを回すとプランが変化する

実装されたものは環境と相互作用するというのが我々の最大の発見である.環境の複雑さをうまく利用すれば単純なシステムでもリッチな動作/現象,あるいは全く予期しなかった動作/現象が生まれる(第4回に,サービスにおける価値の共創の源として展開する予定である).

著者紹介

中島秀之

札幌市立大学学長.1983年,東京大学大学院情報工学専門課程修了(工学博士).同年,電子技術総合研究所入所.2001年産総研サイバーアシスト研究センター長.2004年公立はこだて未来大学学長.2016年東京大学先端人工知能学教育寄付講座特任教授,2018年より現職.サービス学会元編集長.

https://www.fun.ac.jp/~nakashim/welcomej.html


  1. サービスとは構成的プロセスである.サービス提供による価値の創造については次回の予定.
  2. 吉川さんは産総研での研究を「本格研究」と呼んでいた.
  3. https://www.facebook.com/IEEE.org/photos/a.176108879110422/738965952824709/
  4. 本稿では「デザイン」は,出来上がった形態や仕組みと同時にそれを構成する過程(方法論)も含むものとして扱っている.
  5. "Zero fighter from Planes of Fame" by tataquax is licensed under CC BY-SA 2.0.
  6. "S2-ABI Cessna 152 Bangladesh Flying Club Landing" by Faisal Akram Ether is licensed under CC BY-SA 2.0.
  7. ジェット戦闘機は後ろから押す方式が多いが,戦闘機では安定性より機動性が求められるからかもしれない.実際,近代の戦闘機は機動性を確保するため,空力的には不安定に設計して,コンピュータ制御で安定性を保っているらしい.
  8. 飛行機の重心が前に来るのはある程度必然である.失速した時に空力中心より前に重心があると前が下がり,そのまま加速して失速から回復できるからである.ちなみに,通常の飛行時には尾翼が上向の揚力を発生して後部を押さえつけ,前が下がらないように維持している(失速と同時にこの力も消える).空力中心より後ろに重心があると後部が下がり,失速から回復するのが不可能になる.
  9. 「意匠」を辞書で調べると「美術工芸品・工業製品などの形・色・模様などをさまざまに工夫すること。また,その結果できた装飾。デザイン。」とある.
  10. FNSとはFuture Noema Synthesisのことである,というのは後付けで,最初はFujii, Nakashima, Suwaという共著者の頭文字で暫定的に呼んでいたのがそのまま定着してしまったのであった.
  11. 中島秀之, 諏訪正樹, 藤井晴行 (2008). 構成的情報学の方法論からみたイノベーション, 情報処理学会論文誌, 49(4):1508-1514.
  12. SPINもSpiral-up Program for Innovative Nipponのことであった.

おすすめの記事