はじめに

近年,日本でeスポーツが普及しつつある.特に若者を中心に多くの人々に支持されており,国内だけではなくグローバルな注目も集めている.グローバル環境で普及しているeスポーツは異なる文化を持つ人々が参加でき,文化の多様性を共有する場として存在している.さらに,eスポーツは新たな娯楽文化を創出している.

日本と世界各国のeスポーツの発展について,関連産業や文化との関係も踏まえて,その現状と展望を星城大学・経営学部の准教授であり,京都eスポーツ協会の会長である堀川宣和氏にインタビューした.

eスポーツとは

Tran まず堀川先生とeスポーツの関わりについて伺わせてください.なぜeスポーツに興味を持ち,研究をし,そしてeスポーツの拡大に貢献しているのでしょうか.

堀川 京都大学経済学研究科にいた2018年からeスポーツの研究を始めました.2018年は,eスポーツ元年だと言われています.2024年のパリオリンピックにeスポーツが正式種目になる可能性があるということで,それに向けて正式な選手を輩出するために,日本にあるeスポーツ団体を正式な一つの団体する必要がありました.それで各都道府県が協会を設立する段取りに入って来た時ですね.ちょうどその頃,私は長野県の塩尻市にある企業家団体のマーケティング顧問をやっていました.2018年の前半ぐらいに長野県でeスポーツ協会を立ち上げようとしていて,それに協力しました.京都府のマーケティング顧問も務めており,京都府でもeスポーツ協会の立ち上げの計画があったので参加することになりました.

研究・普及に関しては,2011年に出版された『Reality Is Broken』(McGonigal 2011)という本の影響があります.バーチャルが現実を超えていく,これからバーチャルのゲームが世の中に役立っていくという内容ですね.eスポーツを知った時にまさにこの時代がくるんだろうなと思いました.ただ,行政や企業,日本のゲームに対する既存の価値観など,現実の課題をクリアにしていく必要があると思い,今の研究や普及活動に至ります.

根本 「eスポーツ」という言葉は,従来縁遠かったゲームとスポーツを結び付けているのが興味深いです.最近は,スポーツそのものがネガティブなトーンで話題になることもありますが,新しいシーンをつくるにあたって,どういう経緯で「スポーツ」という言葉が選ばれたのか,歴史的なことを伺えるでしょうか.

堀川 日本ではスポーツ=体育というイメージがありますが,それは独特だと思っています.体育は,元々は大正時代に軍隊の訓練の一つとして生まれ,義務教育に組み込まれていきました.オリンピックが契機となってスポーツという言葉が入ってきたのですが,その受け口になっていたのが,体育を推進してきた嘉納治五郎だったのです.そのため,スポーツが体育と一緒になってしまい,激しく鍛えて,必死になって戦い,苦しさを乗り越えて最後には優勝する,という美学がスポーツだということになってしまいました.これが間違いなのです.Sportsという単語は,娯楽や暇つぶしを意味する言葉と,人と競うことを意味する言葉が合わさって生まれたそうです.英語では,身体を使うスポーツをphysical sportsと言いますが,ポーカーや将棋だって「娯楽」として「人と競うこと」ですからmind sportsと呼ばれています.そのため,電子機器を使うスポーツはelectronic sportsだというのも自然なのです.eスポーツ普及のために私が講演するときも,まずは,このスポーツ=体育という誤解を解くところから始めないといけません.汗水垂らしてトップを競うものだけでなく,気楽に楽しくやるものだってスポーツなんだと.

日本でのeスポーツの普及現状

Tran 日本でのeスポーツの普及状況はどうなっていますか.

堀川 実は日本でのeスポーツの普及は他国よりも遅いです.理由は二つあります.一番目の理由は,そもそも日本ではeスポーツに対するイメージが良くないからです.京都eスポーツ協会を立ち上げるために様々な企業や自治体の関係者に協力をお願いしましたが,eスポーツを知っていても否定的な言葉が返って来ることが多かったです.eスポーツはゲームであり,「「子供がゲームをすると,ゲーム依存症になって勉強したくないというから良くない」,そして,「子供は外遊びが必要で,部屋にこもってゲームをするのは目をはじめ体に良くない」,「ゲームによって暴力的なシーンがあって,教育上に良くない」などの考え方が多かったです.最近,eスポーツのイメージはだんだん改善されてきているとは思いますが,まだ,海外の多くの国のようにeスポーツに対して良いイメージを持っているとは言えません.二番目の理由ですが,日本でのPC(パソコン)普及率が欧米各国と比べると低いというのがあります.eスポーツの普及する環境が整っていないですね.

Tran この普及が遅い理由は興味深いです.まず,一番目の理由ですが,日本ではeスポーツに対してイメージが良くないと言いました.先生の研究ではeスポーツは子供達の成長にいいことを主張しています(堀川 2022)が,具体的にeスポーツがどのように子どもの成長に貢献しているか教えていただけませんでしょうか?

堀川 まず,eスポーツには子供たちのチームワークを高める効果があると考えています.私は野球部などを取材することもあるんですけど,みんな甲子園までは目指しているものの,プロを目指している子は,高校の時点でもうほとんどいないんですよね.でも,親たちは自分の子供が朝から晩までゲームしていたら怒るでしょうけれど,野球なら応援するんですよね.なぜかと言えば,何か一つやり遂げさせたいというだけであって.一つのことをやり通す忍耐力や,チームワークが身に付けば,就職に有利なところがありますからね.別に,バッティングセンスが良いからとか,ピッチングが早いからってゆって就職する子はあんまりいなくて,ほとんどはやっぱり部活で学ぶものが縦社会の世の中で欲しがられているという背景もあると思うんです.

実は,得られるものはeスポーツでも変わらないわけです.主流のゲームは全部チーム戦なんですよ.しかも,トップレベルのチーム等の特殊な例をおいておくと,監督やコーチがいないってこともありまして,自分たちで率先してやり方を学んでいくわけです.SNS等を駆使して世界のプロの人たちとコミュニケーションをとったりして技術を盗んで上手くなっていく.そうして一生懸命訓練して,チームで戦っていくことは,普通のスポーツと変わらないことです.しかもeスポーツは誰もレールを引いてないところに,自分たちでレールをつくる.野球やサッカーなどに関しては,親が道具を用意して応援して,学校に行ったら球場もあって,試合もきちんと組まれていて,練習して上手くなって監督に気に入られたら試合に出られるという道筋があります.eスポーツをやっている子は,そういうものがなく,自分たちで好きなことを一生懸命やっているから,クリエイティブというか率先性まで出てくるという効果があると思います.

Tran チームでやって,チームワークが鍛えられるというのは,部屋で一人でゲームをやるイメージとは異なりますね.

堀川 その通りです.しかも想像以上にコミュニケーション力がかなり高い.皆さんのイメージで引きこもりというか,部屋にこもっていてみたいなイメージがあるかと思うんですけど,実は全然違っています.eスポーツやっている子って,喋りまくりで,もう動きまくっていますから.

Tran コミュニケーション能力などゲームをやることに対する一般的なイメージとは異なりますね.

堀川 そうですね.実は,eスポーツをやることにより家族の会話が増えることがあります.親が子供のeスポーツを応援する,親子でゲームを楽しむことができたら,共通の話題ができて会話の時間が増えるのです.

Tran eスポーツには多くの効果がありますね.

堀川 もう一つの効果はeスポーツでビジネス能力が伸びることです.特に,eスポーツプレイヤーには起業家精神が育つのです.実際に,今,日本を代表するチームのトップの子たちは,20代が結構多いんですけど,良い大学に通いながら,大好きなeスポーツで世界に通用するチームをつくろうと,出資金を募って会社を設立して社長になっていますね.

Tran なるほど.先生の研究によるとeスポーツは地方の活性化にも貢献できるということがあります(堀川 2022)が,具体的にはどのような貢献でしょうか.

堀川 今,僕がメインで研究しているのは教育と地方創生なんですけど,日本の地方を活性化するツールとしてeスポーツを使うことができると考えます.地方は,若い人たちの流出により過疎化に直面しています.魅力的な就職先がない,魅力的な娯楽がないといったことを同時に解決できるのがeスポーツです.eスポーツはオンラインで世界中の選手と対戦ができるので,地方にいてもインターネット環境が整えば問題なくできます.つまり,eスポーツには地域のハンディがありません.そのため,eスポーツをやれる環境づくりができれば,若者が集まります.

Tran eスポーツを通じて京都の伝統文化を発展させるという活動もあるようですが,eスポーツは京都伝統文化に対してどのように効果を与えていますか.

堀川 いろいろ挑戦はしたんですけど,なかなか既存文化との交流というのが非常に難しいというのがあります.ただ,地方創生の事例として,一番進んでいる富山県を挙げることができます.富山県では,eスポーツ連合というところが2014年ぐらいから活動しています.産学官が共同で取り組んでいまして,eスポーツの各イベントを通じて,県内外の方たちに来てもらって,地元の名産品や酒造メーカー等を応援することができました.地元の企業と地元の特産品に対してきちんと結果を残しているっていうのが,富山県の事例です.京都に関してはなかなかそこまでの形が実現できていないっていうのが残念なところかなと思っているところですかね.

Tran 普及が遅れている二番目の理由であるPC普及率が低いことについて,もう少し詳しく教えていただけますか.

堀川 日本はどうしてもソニーや任天堂があるので,昔からゲームと言われると,やっぱりそういうゲーム専用機といいますか,ソニーのPlay Stationであったり,任天堂のSwitchやスーパーファミコンであったりを思い浮かべます.しかし,海外ではPCが中心であることは間違いないです.日本で失われた30年じゃないですけど,やっぱり海外って子供でも一人に一台が当然という文化があり,eスポーツはPCゲームだという認識が結構強いんです.なので,PCを勉強して詳しくなっていくとeスポーツも強くなっていくみたいな雰囲気もあります.もちろん,ヨーロッパ,アメリカ,中国,韓国,主にこの四つではeスポーツの普及の仕方は全然違ってくるんですけども,共通して言えるのは,やはりその子供の教育としてパソコンをしっかり使わせていくという背景があります.そして,その余暇としてPCゲームがあるのですけど,当然オンラインにつながるということで,eスポーツに持ってこいの環境があります.また親も社会も後ろ盾になるといいますか,後押しするところがありますね.特にヨーロッパやアメリカやオーストラリア等において,PCを子どもたちが利用して,そこで強くなる.つまり,コンピューターが強いというイメージもあって,IT力の強化とeスポーツの普及っていうのが非常に密接に関わってきています.だから国のIT力の押し上げと比例しているところがあります.IT力が優秀な学生を企業が取っていくみたいなエコシステムに近い形になっているんだろうなと感じますね.

Tran なるほど.やはり日本ではPC普及率の低さがeスポーツの拡大が遅い原因の一つなのですね.

堀川 もう一つちょっと続きがありまして,日本という国は,35歳前後でマスメディア世代と,それより若いソーシャルメディア世代に分かれています.今の子供たちは,まあ極端な言い方で申し訳ないですけど,新聞を読まないし,雑誌も買わない.テレビを見ている子も本当に少ないです.情報はもうYouTube,Instagram,Twitter,TikTokから取ってくる.検索するにもgoogleを使わないみたいな時代になっています.それに比べて35歳以上になってくると,使えてgoogleで,TikTokでなんか検索をしないのです.このメディア格差が完全にできてしまっているんですよね.日本はなぜか大人がソーシャルメディア嫌いなんですよ.なぜかもう異常なほど,日本の企業はTikTokやYouTubeが嫌いというか,YouTubeに動画をあげたことがない大人だらけなんですね.企業で働いていてですよ.ソーシャルメディアは子どもの遊びみたいに思っているんですよね.今の世界各国においては,eスポーツはむちゃくちゃ普及していて,もうみんなが当たり前にやっているし,情報も流通しているんだけど,ソーシャルメディアの世界での話なんですよ.なので今の日本の大人たちは,eスポーツの凄さ以前の話として,世界のマーケティングというか情報メディアの中心がソーシャルメディアになっているのに,その利用が先進国の中でもかなり下手なんですよ.

eスポーツの課題と今後の展望

平本 プロとプロ以外の間の境界線がそれほど明確でない場合に,若者たちはどういうキャリアパスを辿りeスポーツプレイヤーになっていきますか.

堀川 非公式の草大会がそこここに存在し,その大会に参加するところからキャリアは始まります.そうした大会の様子がTwitter,Discord,Twitch,YouTube等の媒体で,生放送なり録画なりで配信され,また情報が流通し,それを見たプロチームや企業がヘッドハンティングを行います.eスポーツのプレイヤーは自分で配信を行い,情報を流すことを通じてセルフプロデュースを行っていきます.ただゲームが強いだけではなく,SNSの活用が重要.SNSを活用していくと,YouTuberとして身を立てていくプレイヤーもいます.

平本 リアルのスポーツでは身体的なキャリアのピークが存在しますが,eスポーツではどうですか.どこかの時点でピークが来て,その後はセカンドキャリアになるようなことはありますか.

堀川 eスポーツプレイヤーのプレイヤーとしてのピークは十代かもしれません.二十代に入るときついゲームもあります.セカンドキャリアの問題は大事であり,eスポーツを通じて社会性を学び,安心して就職できる環境を作る必要があります.海外ではIT企業に就職するプレイヤーが多いのではないでしょうか.

根本 フィジカルなスポーツの普及にあたっては,プロという制度がビジネスエコシステムの形成と拡大に大きな役割を果たしたと思いますが,eスポーツにおいても重要なファクターになるとお考えですか.

堀川 ソーシャルマーケティングに代表されるように,今やマーケティングも売ってお金儲けしたらお終いという話ではなく社会性や公共性が重要になってきています.私が研究しているスポーツマーケティングでは昔から当然のように社会性・公共性が謳われてきました.eスポーツのプロ制度は,日本eスポーツ連合という団体が司っているのですが,現在はゲーム会社の人たちが運営しているのです.つまり,言い方は悪いですが,今のプロプレイヤーはゲーム会社のプロモーションの一環でしかないんですよ.こういう背景では社会性・公共性がないじゃないか,というのが正直なところです.

そうは言ってもプロというのは非常に重要なファクターで,子供たちはプロを目指したいと考えるわけです.ピラミッド構造で考えると,野球やサッカーの場合,プロリーグの下にはプロを目指すアマチュアがいて,その下に単に楽しみたい人達が裾野をつくっています.例えば,タッチの上杉達也とドラえもんののび太くんでは,同じ学生アマチュアでも野球への取り組み方は全く違いますよね.前者はプロと変わらないような熱量で取り組んで親も応援しますが,後者は勉強そっちのけで親の言うことも聞かずにやっていると大問題です.eスポーツでは,野球やサッカーのようにピラミッドができていなくて,プロと裾野の間がないんです.要は上杉達也とのび太くんがやっている野球の違いが分かる親がいないんですよ.なぜそうなるのかと言えば,プロもさながらアマチュアでちゃんとした大会がないことです.だから僕たちは今,地方のeスポーツ連合が主体となって定期的に公式のアマチュア大会を開催しようとしています.行政や地域企業に応援してもらいながらイベントを開催していくことで,eスポーツで地域のチームを応援するという形が出来てくるといいなと.特に地方は他の娯楽が少ないですから発達しやすいのではないかと考えていまして,地方創生にも繋がります.

実は,eスポーツは高齢者の認知症予防やリハビリに効くというデータも出てきています.高齢者施設で運動を取り入れても満足度も参加率も高くないのに対して,eスポーツはどちらも高いという結果が出ています.また,そうした施設に小学生が教えに行くようなこともやられていて,それによって地域コミュニティもできてきます.子どもたちだって,地域の運動会よりも喜んで参加してくれます.さらに,子どもたちが地元でeスポーツを応援してくれる企業に就職するような例も出始めています.僕らは子どもから大人まで,健常者でも障害者でも誰でもできることから,eスポーツではなくユニバーサルスポーツと呼ぶこともあります.地方にとってはええとこばかりなんですよ,ちゃんとしたら.だからこそ,アマチュアリーグをどう完成させるか,というのが最大の課題だと思っています.

Tran これから日本ではeスポーツはどのように発展していきますか.

堀川 2028年にロサンゼルスオリンピックがあります.日本代表のeスポーツチームが成立して活躍することができるなら,マスメディアに取り上げられる可能性が高い.そうすると日本全国の多くの人が見てくれる.そうすると自分の地域からオリンピック選手を出したい.そこで優勝となったら,eスポーツが一気に変わってくるという展望が一つあります.もう一つは,個人的にですが,野球に負けない様な,就職eスポーツエコシステムが完全にできることです.これができれば親子とも安心してeスポーツに取り組むことができると思います.優秀な選手を作り出すことができ,就職にもつながっているなら,日本でも野球やサッカーに負けないぐらいのeスポーツができると思います.

参考文献

McGonigal, J. (2011). Reality is broken: Why games make us better and how they can change the world. Penguin.
堀川宣和 (2022).子供の成長はeスポーツで飛躍する!,1万年堂出版.

識者紹介

堀川 宣和
星城大学・経営学部・准教授.京都eスポーツ協会会長.
著書「子供の成長はeスポーツで飛躍する!」(1万年堂出版).

著者紹介

Tran Thi Tuyet Nhung
愛知東邦大学経営学部助教.博士(経済学).京都大学大学院経済学研究科修了後,名古屋商科大学非常勤講師を経て,現職.主として小売マーケティング,新興国流通構造の研究に従事.

平本 毅
京都府立大学文学部和食文化学科准教授.博士(社会学).京都大学経営管理大学院特定講師などを経て,2020年より現職.主として接客場面の会話分析研究に従事.

根本 裕太郎
横浜市立大学国際商学部准教授.博士(工学).Well-being志向のサービスデザインの研究に従事.日本TSRコミュニティ共同主宰.

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