2024年3月5日から7日にかけて,筑波大学東京キャンパスにおいて開催されたサービス学会第12回国内大会では,4件のプレナリーセッション(基調講演3件,パネルディスカッション1件)が催された.これからの10年を見据えた“サービスデザイン”を共通軸として,初日に行政機関と民間企業による講演が,2日目には学術研究者による講演とパネルディスカッションが行われた.また,プレナリーセッションをYouTubeにリアルタイム配信を行うなど,新たな試みも行われた.本稿ではこのプレナリーセッションの概要を紹介したい.
デジタル庁におけるサービスデザイン
初日は2件の講演がなされた.1つ目は大橋正司氏(デジタル庁 サービスデザインユニット デザインプログラムマネージャ)が登壇し,「デジタル庁におけるサービスデザイン」と題して,デジタル庁の設立経緯,組織構造,サービスデザインの取り組み,課題,今後の展望などについて講演した.
現在,デジタル庁には約1,200名が在籍しており,その中でサービスデザインユニットは24名,UXリサーチャーやウェブデザイナーなど多様な人材が在籍している(2024年3月5日時点).デジタル庁は民間から人材を登用しており大橋氏もそのひとりである.
デジタル庁におけるサービスデザインの取り組みとして,マイナポータルのリニューアルデザインやCOVID-19ワクチン接種証明書アプリのデザインなどを事例として,調達における仕様書作成の難しさやアクセシビリティの確保,また,行政におけるデザインシステム*1の構築プロセスについて丁寧な説明がなされた.
一方で課題も山積しているという.例えば人材不足.デジタル庁におけるプロジェクトには5名から15名がアサインされるのだが,その件数は少なくとも500程度あるという.プロジェクト件数に対して人材がかなり不足しており,職員一人ひとりに業務負担が重くのしかかっている現実に触れていた.加えて,予算要求を行うにあたり要求内容を2年前には具体的にイメージしておかなければならないという複雑な予算要求システムについても包み隠さずに述べていた.
デジタル庁では,デジタルの観点から社会的課題を解決するためにも国民と国(政府)をスムーズにつなぐことが至上命題となっている.そのためには “Service Design”,”Data Design”,”Policy Design”という3つのDesignをつなぐことが行政における真のサービスデザインの在り方だとして,大橋氏はデジタル庁の役割の重要性を指摘している.
大橋氏は最後に,まだ誰も経験したことのない未来に対して「すべての皆さんと一緒にチャレンジしていきたい」と締めくくった.
人流ビッグデータによるリテールメディアサービスの最新動向
初日2つ目の講演は,内山 英俊氏(株式会社unerry 代表取締役CEO)より「人流ビッグデータによるリテールメディアサービスの最新動向」と題して講演がなされた.
内山氏は,ミシガン大学でコンピュータサイエンスを学び,AIエンジニアとして勤務した後,外資系コンサルティング会社を経て2015年に株式会社unerry(以下,unerry)を設立している.unerryは,スマートフォンのデバイスIDと位置情報を収集・活用して,分析サービス,広告サービス,技術ソリューションサービスを展開している.このとき,どうしても避けて通れないことは「個人情報」の取り扱いである.この取り扱いについてunerryはこれまで法規制に触れることなく対応してきたという.一体どういう対応をしてきたのだろうか.
unerryでは「ポリシーデザイン」を最も重視して経営してきたと内山氏は語っている.設立以来,5年,10年先を見据えながらプライバシポリシーを作成している.昨年,電気通信事業法が改定されたがunerryはプライバシーポリシーを変更していないという.先を見据えたプライバシーポリシーや利用規約には“どの情報を取得するのか(取得項目)”,“どうやって利用するのか(目的)”,“誰が利用するのか(提供先)”を明記しており,その結果として,100を超える外部アプリとunerryのデータを連携できているとのことだ.
内山氏は日本ではオンラインより実店舗での購買が圧倒的に多く,オンラインデータの活用に課題があるとしている.この課題解決のひとつとして「リテールメディア」を活用する最先端の取り組みを,事例を交えながら紹介していた.その後,熱い質疑応答が繰り広げられ,盛大のうちに終了した.
Society5.0時代のサービスデザイン
2日目の基調講演では,白坂 成功氏(慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科 教授)が登壇し,「Society5.0時代のサービスデザイン」と題して,サイバー空間とフィジカル空間の高度な融合,産業構造の変化,レイヤー化による変化への対応,説明責任の在り方,価値提供の重要性とそれを実現するための人材育成の必要性について講演した.講演では,技術革新によって新たに実現可能となる目的を達成する仕組み(アーキテクチャ)の必要性とこの仕組みを構築する困難さ,そして,乗り越えるためのヒントを与えてくれた.
Society5.0*2においては,System of Systems(SoS)の概念が重要となる.SoSとは複数の独立したシステムが相互に連携し,全体として何らかの効果をもたらす,まるで1つの巨大なシステムのように動くシステムである.この巨大なシステムの中のたった1つのシステムに小さな不具合が発生したとき,不具合の影響が全体に広がり,対策を施そうにも誰が誰に何を伝えたら良いのかがわからなくなる恐れがある.ではなぜこのようなシステムが重要となるのか.白坂氏は“Uber”や“建設アシスト”といった事例を交えて次のように述べる.
「これまでも個別のシステムを検討・運用してきたが,人間中心で考えた場合,これらのシステムを横断的に使っており全体として考えることで,今まで解決できなかった課題を解決することが可能となる.同時に,互いに独立していた既存の競争領域に協調領域ができることで新たな競争領域を生み出すことになる.この動きが新たな産業構造の変化を生み出すのである」
このような産業構造の変化は既存産業をレイヤー化し,それぞれのレイヤーをサイバー空間とフィジカル空間に分けることでリソースの最適化・有効活用が可能になると白坂氏は述べる.
また,法制度とアーキテクチャの違いにも触れ,不確実性の高い社会において変化に柔軟に対応できるアーキテクチャの重要性がより高まるとしている.Society5.0時代におけるSoSでは,組織学習論における「トリプル・ループ学習」まで視野を広げなければならないとのことだ.このような社会において重要かつ必要不可欠となる説明責任,そして人材育成にも触れている.2日目も質問が絶えず盛り上がりをみせたまま講演を終えた.
学会活動報告・パネルディスカション
2日目の午後には,最後の基調講演となる学会活動報告・パネルディスカションが行われた.学会活動報告は持丸 正明氏(サービス学会 会長),パネルディスカッションは白肌 邦生氏(北陸先端科学技術大学院大学 教授)の司会のもと,おこなわれた.
学会活動報告パートでは,主に次の10年に向けた課題と展望について方向性やアクション,行動指針について提言と,本学会のWebマガジンおよび論文誌の2023年の状況について,持丸氏より報告があった.続いて,善本 哲夫氏(立命館大学経営学部 教授,第13回国内大会実行委員長)より,第13回国内大会についての概要紹介がなされた.
セッションの後半では持丸氏から白肌氏への司会交代とともに,サービス学会の8つのうち6つのSIG(Special Interest Group)によるパネルディスカッションが繰り広げられた.出席者は次の通りである.
<出席者>
・白肌 邦生氏(北陸先端科学技術大学院大学 教授,Sustainability SIG)
・木見田 康司(東京大学 特任准教授,Servisology SIG)
・嶋田 敏氏(立命館大学 准教授,Theory SIG)
・鈴木 雅彦氏(東日本旅客鉄道(株),Practice SIG)
・佐野 楓氏(和歌山大学 准教授,Tourism SIG)
・庄司 真人氏(高千穂大学 教授,Paradigm SIG)
このパネルは,今後のサービス研究が目指す方向性において,それぞれのSIGの関係性の理解を目的としたもので,それぞれの活動の概要に触れたのち,ディスカッションがおこなわれた.
ディスカッションでは白肌氏より「今,サービス研究/実践に関してどのような地殻変動(変化の兆し)が起きていると考えられるか?」という問いが投げかけられた.この問いに対して参加者からは,「サービス研究は“あったらいい”から“なくてはならない”位置付けとなった」,「人に対する考え方,捉え方が変わってきている」,「社会の流れとしてWell-being,さらにその源流となる個人の信念や価値観の重要性が高まっている」,「サービス研究の対象が変化している」というさまざまな意見が述べられた.この後,会場内の聴衆も交えた熱いディスカッションが行われ,盛況のうちに幕を閉じた.
著者紹介
丹野 愼太郎
サービタイジング・エクセレンス(同)代表.同志社大学工学部卒業,同志社ビジネススクール修了(経営学修士).ガスメーカー,産業技術総合研究所を経て現職.製造業サービス化研究等に従事.
脚注
- ここでは優れたデザインを実現するための仕組みを指す.デザイン庁では,優れたUI/UXを実現するために文字デザインや読みやすさ,レイアウト,配色などの要素毎にガイドラインを設けている.
- サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムにより,経済発展と社会的課題の解決を両立する,人間中心の社会.