私が生活と研究の拠点とするデンマークでは,2月27日の初の感染者確認から,3月11日には国境閉鎖,3月16日から学生の在宅学習,公務員の在宅勤務,民間企業も在宅勤務推奨が始まり,すでに10間が経過しています.4月15日から小学校5年生までの再開,一部民間企業はオフィスに戻り始めています.5月11日からショッピングセンターを含む小売の全面再開,18日からレストラン・カフェの再開となり,通常の経済活動への復興の道筋が見えてきたかのように思われますが,閉鎖期間の影響は,多くの産業活動にみられています.

同時にこの期間には,コロナウィルス感染症COVID-19影響下だからとも言える多くの興味深い動きも見られました.一つは,オンラインデリバリーの業績の上昇です.ミシュランの星付きなど著名なレストランや小売業の倒産が新聞を賑わせた一方で,日用雑貨や食品を配達するオンラインスーパーマーケット・ネムリ(Nemlig: https://www.nemlig.com/)が,業績を伸ばし雇用を拡大させました.大手ネムリ以外にも,食品のデリバリー,生産者からの直接配送などが,この短期間に次々と登場し,感染を恐れてスーパーでの買い物を控える人たちがこぞって利用するようになったと言われています.

レストランや食品店舗などは訪問客がないため収益が落ちたと一般的に言われますが,めげずに独自の工夫も次々に見られています.デンマークでは必要不可欠な店以外は基本的に閉まっているのですが,中にはテイクアウトやデリバリーサービスを新たに提供,拡大する店が増えています.

Uber eatsのようなデリバリー専門Wolt.com(https://wolt.com/)もコロナ以前から活躍していますが,一回の配達が50〜100クローネ程とかなり値段は張ります.一方で,個人商店は手が空いているからなのか,独特の無料配達をエリア限定(例えばコペンハーゲン市内など)で開始した例が多々見られます.デンマークのオリジナルビール製造販売のミッケラー(Mikkeler, 東京にも店舗があります)が提供するのは「Running Delivery Service」です.その名の通り,ランナーが走ってビールを届けるというもので,環境配慮を貫くミッケラーならではの取り組みです.ビールが激しく揺られて配達されるのは,どうかとも思うのですが….ワインを中心におつまみなどを提供するセレクトショップのThe Two Ducksは,コペンハーゲン市内限定ですが,自転車で(https://www.thetwoducks.dk/levering)配達してくれます.そんなスポーツマン揃いの配達人たちから,事前に「あと30分で行くね!」と電話連絡をもらい,戸口で品物を渡すときも,まずは玄関口に品物を置き,きちんと距離を置いて,「配達にきたよ!」と挨拶をしてくれます.そして,挨拶を済ませると,爽やかに走り去っていきます.

写真1.ミッケラーのRunning Delivery Service(左) The Two Ducksの配達用自転車(右)

グルメ都市に変貌を遂げつつあるコペンハーゲンは,新しいこだわりのレストランが続々増えていますが,そんなレストランもCOVID-19影響下でしのぎを削っています.日本でも見られる,コロナ収束後に使える「応援チケット」の販売も増えてきています.また,個人的にも嬉しいことに,有名レストランが,レストランで食事をするような気分になれるディナーセットの提供をするケースが,レストラン閉鎖1週間ほどで増えてきました.美しく盛り付けられた前菜から,メインとデザート,パンやワインのカップリングもあり,200〜500クローネ(3,500円〜1万円)ほどです.メニューや温め方の指示が細かく書かれたメモが添付され,レストランディナーが準備時間10分程度でできてしまいます.

写真2.自宅で味わえるレストランのディナーセット

人件費が異常に高いデンマークでは,無料配達や付加価値の高い飲食サービスを自宅で体験することはほぼ不可能と思われていましたが,驚くほどスムーズに新たなサービスが次々導入されています.このようなサービスでは,気付き・購買・受け取り・経験のカスタマジャーニーもよく考えられています.ミッケラーの例で考えてみると,環境に優しくちょっと笑えるアイディアで関心を引き,思わずポチっと購入してしまうのです.しかも,全てオンラインで事前に決済が済んでいるため,受け渡しの際も最小限の接触で済むところはデンマークらしいと言えるかもしれません.そして,この状況下,余計な接触なくサービスを堪能できることで,心理的にも安心できるサービス消費につながっています.

ちなみに,デンマークでは,ネットでのサービスや製品の購入はこの10年間で大きく伸びており,カード決済や独自の少額決済の仕組みを使った金銭の授受は,日常の一コマになっています.今回のCOVID-19 でオンライン購入が増加し,詐欺も横行しているという話を聞きますが,デンマークでは数年前にすでにネット産業の盛り上がりを見せていたことから,カード会社や国の仕組みに様々なセキュリティ対策が施されています.今現在のところ,デンマーク国内では被害は報告されていません.

デンマークは,イノベーティブな国として数々の国際指標の上位に挙げられる国でもありますが,実際に未曾有の経済危機をリアルタイムで経験し,デンマークの人たちの奇想天外な発想の転換でいろいろな可能性が見えてきています.都市の規模,都市空間環境の違いにより,全く同じことが日本でできるかというと,そう単純な話ではないのですが,何らかの示唆に繋がっていればと願っています.

著者紹介

安岡 美佳

デンマーク・ロスキレ大学准教授/北欧研究所代表/国際大学GLOCOM 客員研究員/JETRO コンサルタント.専門はIT.北欧のデザイン手法(デザインシンキング,ユーザ調査,参加型デザインやデザインゲーム・リビングラボといった共創手法)を用い,ITやIoTなどの先端技術をベースに社会イノベーションを支援するプロジェクトを多数実施.著書に『リビングラボの手引き–実践家の経験から紡ぎ出した「リビングラボを成功に導くコツ」』,『37.5歳のいま思う、生き方、働き方』など.

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