前回の記事から引き続き,第12回国内大会の模様を報告する.本大会では,研究発表セッションに加えて,学会活動に関する意見交換や実務家と研究者のディスカッションの場も企画された.本記事では,サービス学会論文誌編集委員会が主催した「論文誌セッション」と2024年3月1日に開催された「プレセミナー」の様子を紹介する.
論文誌セッション
サービス学会の出版委員会は,本誌を運営するマガジン編集委員会と『サービソロジー論文誌』として査読付き論文を出版する論文誌編集委員会によって構成されている.サービス学会国内大会では,例年,出版委員会全体の活動報告を行ってきたが,今大会では論文誌編集委員会からの要望を受け,論文誌の今後の展開を議論する対話型セッションが企画された.2日目の夕方に開かれた論文誌セッションでは,編集委員と参加者の間で様々な意見が積極的に交わされた.所定時間をオーバーし,一部はその後の大会懇親会の場に持ち越されるなど,真剣な議論が展開された.
まずセッション前半では,西野編集長から,論文誌が現在抱えている問題点や悩みが報告された.具体的には,採択率や査読基準,論文カテゴリなどの問題点,ジャーナルインデックスやプレプリントの興隆を考慮した国内誌のポジショニングの悩ましさである.これらに対する直近のアクションの一つとして,先日発表された論文カテゴリの改訂及び『サービスプラクティス』創刊の狙いが語られた.その報告に補足する形で,村松編集長,内平編集長*1からも率直な現状認識が共有された.
それらの報告を受けて,セッション後半では,会場に集った産学官の多様な立場の研究者と編集委員の間で意見交換が行われた.参加者からは,編集体制や査読プロセスに関する改善点,実践重視の独自性,投稿・査読に係る能力開発の重要性などが提案された.論文誌編集委員会では,これらをアクションリストとしてまとめ,優先順位をつけて取り組んでいくことを予定している.学会員及び社会の益にかなう,よりよい論文誌にできるよう,今後も継続的にコミュニケーションをとっていきたい.最後になるが,貴重な意見を頂いたセッション参加者の皆様,日頃から出版活動を支えてくれている両委員会の皆様に感謝の意を伝えたい.
プレセミナー
「『持続可能な組織を目指す学知の実装に向けたグランドチャレンジ』〜高不確実性時代に組織の持続可能性を高める実務×学術の交流場〜」と題されたこのセミナーは,“答えがない”,“簡単に解くことが出来ない”業界横断型の課題に対して,次世代のビジネスリーダーとサービス研究者がともにグループディスカッションを通じて知見や思考を深めていくことを目的としたものである.換言すると,何らかの答えを出すのではなく,各々の参加者が今まで気づいていなかった視点や思考を持ち帰り,内省につなげてもらうことを企図している.
参加者は7名で製造業,サービス業,コンサルタントなど幅広い業界から集まった.申込みの時点で,どのような課題を抱えているのかを入力してもらったところ,人材開発,組織文化や従業員エンゲージメント向上,新規事業創出や新技術開発など,抱える課題はかなり重複していた.そこで,議論のテーマを「人材開発・育成に係る課題」と「新規事業創出に係る課題」2つに絞って当日の議論を進めた.セミナーでは,2つのテーマ毎にグループを構成してディスカッションを行い,その後,全体でディスカッションをおこなった.最後に,参加者やファシリテーターからのコメントをもらい,盛況のうちに終了を迎えた.
このセミナーは新しい試みであった.ワークショップにも関わらず,ディスカッション内容をまとめずに放置するのである.もっとも,放置という言い方は適切ではない.参加者の心の奥底にある”モヤモヤ”をファシリテーターが実世界に引っ張り上げ,それを研究者の視点で整理支援をする.ここでは研究者は表舞台ではなく裏方だ.役者はあくまで参加者である.参加者の”モヤモヤ”をイメージがつくように仕立て,それを持ち帰ってもらい,今後も考え続けてもらう.そんな取り組みだった.先述の通り,参加者に申込時点で抱える課題を入力してもらったが,業界や職種が異なるにもかかわらず,あまりにも課題が重複していることに驚きを隠せなかった.このような参加者とともにディスカッションを進めるなかで,昔と今,世代,文化など,さまざまなキーワードが出てきたが,特に心に刺さった言葉がある.2つ紹介したい.
「顧客からのフィードバックをしようとしたら,サービスを作った人はそこにはもういなかった」
製造企業に勤める実務家からの言葉だ.会社はゼロイチを求めているにも関わらず,事業を作った後の集合知を蓄積しようとしないという.実にもったいないがこれが現実なのかもしれない.また,「文化が変わると言葉が変わる」という研究者からの発言も心を大きく揺さぶった.文化は集団の共通価値観であり,直接見ることはできない.別の形に変わったものを見聞きして理解するしかない.その1つとして言葉がある.重要な示唆ではないだろうか.
新しい試みとしておこなったこのセミナーは,参加者からの評価も高く,結果として成功といっても良いだろう.このセミナーを企画した一人として,参加者に改めて感謝するとともに,セミナーでの経験がわずかでも参加者の将来につながるならば嬉しい限りである.
著者紹介
根本 裕太郎(論文誌セッション)
横浜市立大学国際商学部,大学院国際マネジメント研究科准教授.博士(工学).民間企業,公的研究機関を経て2022年9月より現職.ウェルビーイング志向のサービスデザインに関心.
丹野 愼太郎(プレセミナー)
サービタイジング・エクセレンス(同)代表.同志社大学工学部卒業,同志社ビジネススクール修了(経営学修士).ガスメーカー,産業技術総合研究所を経て現職.製造業サービス化研究等に従事.
脚注
- 分野横断的になることから,異なるバックグラウンドを持つ編集長3名の体制がとられている.