はじめに
サービスの現場における業務と経営判断や戦略との適切な連動は経営上の大きな課題の一つである.組織の成果という観点からは,人的資源管理のシステムや企業の戦略の関係性,それらが組織の成果にもたらす影響についての検討がなされている(Bayo-Moriones, and Merino-Díaz 2002).また,専門性の高いプロフェッショナルサービスでは,その業務を担う人材の管理はそれ単独でも重要なトピックであり,顧客接点の性質などを踏まえた人材管理が検討されている(Maister 1993).近年生じている少子高齢化,DX(Digital Transformation),多様な働き方といった社会における様々な課題は,サービスの内容やその提供体制に複雑に絡み合い,特異な経営課題とつながっている.以上を踏まえ本記事では,ヘルスケアサービスにおける専門性の高い現場業務とその経営とに関わる課題について見ていく.
より具体的には,病院経営に焦点をあて,株式会社ユカリア取締役の西村氏にインタビュー形式で話を伺い,病院経営の実態と今日の医療サービスに求められる人材について検討する(インタビュー実施日:2024年5月29日).
株式会社ユカリアは,病院経営サポートや介護施設運営など,ヘルスケア領域で多面的に事業に取り組んでいる.具体的には病棟の建て替えや医療機材,医療人材に関するソリューションの提供,および,同運営業務の改善につながるデバイスの開発と販売を行っている.また,医療ビッグデータの収集と活用も行っており,ヘルスケアという枠で様々なサービスラインを展開している会社である.取締役の西村氏は,救急と麻酔科を専門に大学病院の医局員として勤めた経験を基に,同社で全国の病院に対し上記サービスラインに関するアドバイスと経営コンサルティングに取り組んでいる.
次節から病院経営が抱える課題について,特に医療と経営との構造的な問題を深掘し,そのうえで求められる人材像についてまとめる.
医療と経営
ユカリアの事業コンセプト
嶋田 ユカリア様では,ミッションとして「変革を通じて医療・介護のあるべき姿を実現する」というメッセージがありますが,このミッションにはどういった想いが込められているのでしょうか?
西村(以下,敬称略) 変革にも色々なモノや人,様々な分野があると思います.まずモノについてお話ししますと,医療業界は他業種に比べてDX化が遅れているという認識があります.そこに対して,DX化が進まない理由やそれに対するソリューションを提案することが一つの使命と思っています.
人の問題に関しては,医師をはじめとして,病院内でのヒエラルキーが形成されており,それが根強く残っています.ヒエラルキーはトップダウンで業務がスムーズに行われるという利点もありますが,下からの柔軟な意見が上がってきてもなかなか取り入れられないというデメリットもあります.この組織構造については,もう少し進んだ形を模索し,提案したいという思いもあります.従来は前提とされていた部分にメスを入れていくのが一つの変革と考えています.
病院の経営上の課題
嶋田 次にヘルスケアサービスの実情とその課題について深掘していきたいと思います.既にいくつか課題となるようなトピックも挙がっておりますが,特に改善が必要な点や,特徴的な課題について教えていただけますか.
西村 病院には公的病院と民間病院がありますが,どちらにも共通して言えるのは,公共性を重視しすぎている点が問題と思います.これは法律の問題もあり,医療法において医療法人は営利目的の活動をしてはならないとされています.一方で,保険改定によって診療報酬が削減され,病院の収益構造が厳しくなってきています.営利目的ではないという看板を掲げながら,営利を生み出すことが難しいという矛盾を抱えています.
その結果,赤字が続き,病院が運営できなくなると,地域のインフラが失われてしまいます.国民の利益を考えたときには,営利目的ではないという制限の中で最大の利益を出し,病院の永続性を図ることが課題です.この課題を解決するために,ユカリアとしても仕事の難しさとやりがいがあると感じています.
医経分離
嶋田 ユカリア様が提唱する医経分離という概念についても聞かせてください.この概念はどのようなきっかけで生まれたものですか.
西村 これは我々が医療従事者のサポートをしたいと思ったことが始まりです.医療従事者に余計な負担をかけず,良い医療に集中してもらいたいというのがスタートでした.医療従事者が医療だけに集中できる状況を作るためには,経済効率性を自分たちで構築しなくても良い状況が必要です.そこで,医療と経営を分けた「医経分離」という概念が生まれました.
医療従事者は患者に不利益がないように,そして可能な限り良い医療を提供したいという願いを持っています.しかし,これには費用がかかるため,経営の観点からは許容できない部分もあります.ここが病院経営の難しいところです.一方で,経営サイドは経済効率性を追求しなければならず,ここにコンフリクトが生まれます.そこで,我々が「医経分離」を提唱しています.
嶋田 医経分離を通じて医療従事者が医療に集中してもらいたい,というお話でしたが,具体的な支援はどのような取り組みになりますか.
西村 分かりやすいのは,やはり勤務の問題だと思います.我々が医療従事者をサポートする際に,過剰な負担を削減したいという思いがあります.これは,例えば10年以上前の一般企業における業務管理システムの導入状況と似ていて,働き方改革2024の設定以降,病院でも同様の対応を求められています.そのため,過剰勤務を削減するためには,システムの導入が手っ取り早い方法だと考えています.
他の業界で洗練されたデバイスや,新たにヘルスケア業界に参入した企業のデバイスを利用することで,業務の効率化が進んでいます.しかし,個別の病院ではこれが初めての経験となるケースが多いため,我々がその病院に適したシステムを提案し,サポートすることが可能だと思っています.
例えば,特に病院ではバックオフィスの変革が進んでいないので,DXによるバックオフィスの見直しが求められます.DXソリューションの導入が増えると,それに対応する人材が必要となり,その採用も課題となります.また,業務効率化により,業務管理がシステム化されることで総務部門の一部が縮小されるといった変革が進んでいます.
ここで,各病院でこの変革を個別に完結するのは病院側にとっても難しいのが現状です.そのため,ITシステムを統合し,導入や保守を行うサービスを提供することが必要となるため,我々の会社もその一環として新規事業を展開しつつあります.
嶋田 それは例えば,かつての大企業,特にメーカー系のIT部門が,自社でサーバーを抱えてすべてを自社内で開発・管理していた時代から,外部の専門事業者によるサービス導入のサポートをする役割に変化したことと似たような変化が医療の領域でも生じているということでしょうか.
西村 そうですね.これまで病院でITが進んでいると認識されていたところは,SEを大量に雇用して人海戦術的に自社(自院)開発していました.今ではアウトソーシングを基本とし,システムごとのシナジーを確認し続ける管理者が求められています.そのため,病院がIT人材を登用するハードルが下がったというより,求められる人材の質が変わったと言えます.
病院経営の問題の構造と医経分離の効用
医療と経営の間に生じるコンフリクト
嶋田 お話を聞くほど,ヘルスケアサービスを支援するために必要な事業が多岐にわたることが理解できました.医経分離を進めるうえで,特に経営サイドで気をつけるべきことや課題となることはありますか.
西村 どのくらい実行フェーズに対して経営サイドが責任を持てるかというところが,やはり鍵になってくると思います.制度の問題や理論上の解決策はある程度見つかるのですが,それが実現可能かどうかについては,現場のセンスが必要で,なかなか難しいです.その現場センスをどう経営側の判断に織り込んでいくかが,最も問題であると思います.例えば,ある診療科の外来の患者数が1日50人で赤字になっているとします.経営側では100人に増やせば採算が取れる,という案を出すことがあるのですが,その案が可能かどうか,そしてそれを実現するための策を打つべきかどうかまでを経営サイドが負うのか,という問題です.
過去に経営コンサルタントを導入していた病院も多く,そのコンサルタントに現場センスがないことで,実現不可能な提案を受けた病院も多くあります.提案に対し,病院側が自分たちで判断して実行するか否かを決めているのが現状です.
嶋田 実行フェーズとの関係,どこまで踏み込めるか,という点についてより詳細に聞かせていただけますか.
西村 病院の支出構造では人件費と材料費が大部分を占めます.経営側がここをコントロールしないと病院経営はうまくいきません.人について例えば,看護師の人数が適正かどうかについての議論です.これは人員管理の理屈と現場で生じるコンフリクトの最たるテーマであり,頻発する問題です.法律上は足りているが,実際には病院運営には足りない,という現場事情があります.
経営サイドにとって,法律で求められている割合・数値を満たす,という基準に沿った案をつくるのは明確な判断ができるのですが,「この案では病院運営には足りず,現場で医療の質を担保するのにこれだけ必要だ」という現場側との問答になった時にその適切さの判断ができない,ということになります.
現場センスといっているのは,身体的・心理的負担を把握し,従業員のシフトや働き方まで,多岐にわたる情報を基に現場では判断する必要があるためです.そういった現場管理についても数値化など可視化が進んでいくことが病院経営にとっては理想的です.しかしながら,経営者がすべての情報を把握することは難しく,大きな課題です.
病院の経営層の構成からもう少し問題を整理したいと思います.病院のボードメンバーには院長と理事長がいます.院長職は現場となる病院での医療のマネジメント上の責任者となります.理事長は経営側の責任者と位置づけられます.院長と理事長には医療法上,医師でないと就けません.クリニックレベルでは役割として両方を一人が兼ねることができますが,病院規模では業務量的にも別々の方が就くことになります.この際に,医療と経営のどちらかの側面が欠けていることが多いです.
病院での業務経験があれば現場側のマネジメントスキルはある程度身につけられますが,経営面を病院の業務で成長させるのは難しいです.また,経営スキルを強化するために経営コンサルタントを入れることがありますがコンサルタントの場合,理事長の立場で入るわけではないのでガバナンスを効かせるのは難しいです.この構造では,経営判断を重要視し過ぎて現場が振り回されるか,医療側の判断・現場センスが優先されてコンサルタント内容が軽視されるなど,いずれにしても医療と経営とのバランスが取れないケースが多くあります.
顧客(病院)ごとの課題に応じたソリューション提供
西村 医療と経営のコンフリクトをうまくまとめ,結果を出すためには,いくつかの方法があると思います.どれだけ手厚く・事業に踏み込んだ取り組みとするか,という違いで松・竹・梅の3通りで整理しています.まず,経営知識のある理事長の場合,従来の病院経営コンサルの形で十分ソリューションが機能することが多いです.これは最も踏み込まない梅のパターンです.
一方で,経営知識を与える必要がある場合,最低限の知識や改善案だけでは効用へとつながり難く,知識を与えた上で定期的に専門的なアドバイスを提供する形で対応します.これが竹コースになります.松コースでは,現場のことを理解し,経営改善の提案ができる人材を送り込み,伴走します.
嶋田 松竹梅それぞれのコースは顧客となる病院の状況で変わるものだと思いますが,そもそも現状を適切に理解できているか,といった課題の抱え方によっては,顧客が求める支援内容と適したソリューションにもギャップが生じるように思います.顧客に応じた対応を実現するための工夫はありますか.
西村 松竹梅のどのコースであっても,まずは病院の内部をある程度調査しています.経営コンサルの場合は主に財務まわりのデューデリジェンスが基本となります.これに加えて,我々は人材デューデリジェンスと位置付けられる調査も行います.
これは,経営リテラシーがどれほどあるのかを調査するもので,経営のマネジメントを担当している人がどの程度の成果を出しているのかを財務データと紐付けて評価します.この評価により,梅のゾーンで対応可能かどうかを判断します.また,医療側のデューデリジェンスも行います.医療側では,無理な提案が通っていないか,医療人材のやりくりに問題がないかを確認します.これは,経営の実行フェーズに入る際の実行可能性を判断するための調査です.単に経営状況・財務面だけでなく人材面も含めて評価している点が特徴的であり,その結果が適切なソリューションの判断につながります.
見立てと相手側の要望のレベル感にギャップが生じることはどこのコンサルでもあり得ます.調査を行う人材が医療の専門家でもあることで,より正確な判断が可能となり,また,病院にとっても現場センス等と矛盾しない説得力のある提案にできていると考えています.弊社の場合は病院経営サポートのプロということに加えて,一医療従事者としても知見を有することが一般的な外部コンサルとは異なる位置付けにもなっていると思います.
コンフリクトが存在する状況で活躍する人材
嶋田 現場での課題感やその必要性を経営側が把握する上で,現場感覚がわかる経営者と,現場感覚を経営サイドに伝えられる現場の人間のそれぞれの重要性はどのようなものでしょうか.
西村 この点は非常に難しい問題です.どちらのスキルを持った人がもう片方のスキルを身につけるのがより効率的か,についての画一的な答えはありません.1つ言えるのは,経営サイドが現場のことを100%理解するのは非常に困難です.
弊社としては,先ほどの松コースに耐えられる高いレベルの病院経営コンサルタントを育てることを目指しています.そのためには医療リテラシーの一部として,病院の仕組みを詳しく知ることが重要です.社内にそのような人材が増えることで,新卒の方々も高い医療リテラシーを持ちつつ経営を学ぶことができるようになります.その結果,医療と経営の両面を備えたジェネラリストとして高い次元の検討・提案ができる人材の育成を進めており,成果が出つつあります.
また,同じく松コースでの介入の際に,病院の側でも特に若くて柔軟性のある医師に経営のことに関わって学んでもらうのが効果的だと考えています.そのような人材が育つことで,病院の内部のことをよく理解した上で経営の話を進めることができるように環境が変わっていきます.
こういった人材育成について,追加で1つ,強調したいポイントがあります.弊社が目指すことの一つに医師のキャリアパスの開拓があります.病院経営の話は医療の視点と経営の視点,あるいは病院外部の視点で語られることがほとんどですが,そこで働く医師の視点も非常に重要です.
医師の標準的なキャリアパスは,大きく3通りしかありません.1つ目は大学病院に残り研究や教授職を目指すこと,2つ目は開業すること,そして3つ目は市中の病院に就職することです.これ以外の選択肢はほとんどありません.
一方で,先ほどの理事長といった役職はどのような位置づけとなるかというと,リタイアした病院の役職者の方や教授などがセカンドステージで就任するのが日本の形でした.しかし,先の通り病院での業務経験では経営スキルが伸びにくく,これが経営のうまくいっていない病院が増えている原因の一つだと思っています.
若いうちからある程度経営に携わり,現場センスを養うとともに経営を理解できるような人材を育成することで,医師のキャリアパスが拡張され,病院自体もそのような人材に支えられるようになっていく,と考えています.
医師のキャリアパスを一つ増やすことは非常にエポックメイキングだと考えており,弊社に関わる医師がより幸せに働けるようになる,という思いがあります.
医経分離がもたらすもの
嶋田 あらためて,医経分離の発展を通じて,ヘルスケアサービスにどのような変革をもたらすことができると考えていらっしゃいますか.
西村 医療と経営の分離というのは,両方の立場を理解して納得する解決策を提案するというような単純な話ではありません.コンフリクト(対立)を解消することが目的ではなく,コンフリクトが存在する前提で,ある一定の方向に病院を進めることが重要です.各々が納得していなくても,全体としての納得感と進展を目指すべきです.
一時的な納得感が得られなくても,最終的にその地域において病院が存続し,一定のレベルを担保することで,地域住民の利益になると考えています.コンフリクトを解消するのではなく,課題として残しつつ,正しい方向に導くことが仕事です.
また,現在の病院経営が利益を生み出すのが困難な中で,行政への提言などもできるのではないかと考えています.医療制度自体の改善について,現場や経営の観点からも意見を述べることが必要です.中小病院の声を拾うことは難しいですが,それが集まれば非常に大きな影響力を持ちます.実際の医療現場での課題を行政にも伝えるべきです.医療と経営の両方に立てる人材でなければ,成熟した意見にはなりません.そういった人材が礎となることで,より良い医療制度の構築に貢献できると考えています.
おわりに
本記事では医療経営を題材に,専門性の高い現場業務とその経営とに関わる課題についてインタビューを行った.「医経分離」をキーワードに株式会社ユカリアの取組についての解説を整理した結果として,医療(現場)と経営との適切な切り分けを進めることに加え,それらの結節点における総合的な経営判断の困難さと重要性が示された.人材としては,その結節点を担える医療と経営の両方を修めたジェネラリストの必要性が挙げられる.「医経分離」というコンセプトも,医療と経営をただ切り離すことを積極的に進めて独立性を高めるものではない.「コンフリクトを解消するのではなく,課題として残しつつ,正しい方向に導く」ための概念であり,ジェネラリストがその役割を果たすものである.
本稿は特集「ヘルスケアサービスの変革」において医療経営を題材に行ったインタビューであった.サービス研究として改めて振り返ると,現場の業務と経営戦略とが連動するように「コンフリクトを解消するのではなく,課題として残しつつ,正しい方向に導く」という施策とそれを可能とするジェネラリストの役割とは,専門性の高い業務を含むサービス経営で広く見直されるべきトピックである.さらに,同ジェネラリストを「現場と経営の双方を修め,その両者をつなげる人材」と見たとき,それは事業を多面的に捉える人材の必要性を示すものであり,学際的な領域であるサービス学を身につけた人材が事業経営において活躍する一つの形態を示唆するものであると感じる.
参考文献
Bayo-Moriones, A., and Merino-Díaz C. J. (2002). Human Resource Management, Strategy, and Operational Performance in the Spanish Manufacturing Industry. M@n@gement, 5(3), 175.
Maister, D. H. (1993). Managing the professional service firm. New York, The Free Press.
著者紹介
西村 祥一
株式会社ユカリア取締役.医師.救急科専門医.麻酔科指導医.日本DMAT隊員.千葉大学医学部附属病院医員,横浜市立大学附属病院助教を経て,2018年株式会社ユカリア(旧社名:キャピタルメディカ)に参画,2020年3月より現職.医師や看護師の医療資格保有者からなるチーム「MAT」(Medical Assistance Team)を結成し,医療従事者の視点から病院の経営改善,運用効率化に取り組む.
嶋田 敏
立命館大学食マネジメント学部准教授.博士(工学).京都大学経営管理大学院講師などを経て,2024年より現職.主としてサービスプロセスのモデル化や定量評価の研究に従事.