背景
2020年からのコロナ禍の影響もあり,様々な場面でデジタルツールを使ったコミュニケーションが普及した.現在では,オンラインビデオ通話や,チャットツール等様々なソフトウェアがより利用されている.これまでのスマートフォンの普及も相まって,より多くの人がこれらのソフトウェアを使うことが可能になった.
サービス業においても,コロナ禍前から普及するスマートフォンやその他デジタルデバイスを通じて,従業員用のコミュニケーションツールが利用されてきている.対面でのコミュニケーションではなく,業務専用のデジタルツールでコミュニケーションを取ることには(1)コミュニケーションの量の増加,(2)ログの利活用などのメリットが考えられる.
一方で,業種ごとにあった有効な活用方法,ツールの利用頻度,運用方法,適切なユーザインタフェースに関しては未だ手探りの段階である.取得できるデータの分析及び活用や導入効果についても,不明な点が多い.
サービス業における企業内部のデジタル化
サービス業において,企業外部のデジタル化(口コミや予約システム,宅配など)の普及に対して,企業内部のデジタル化(注文端末,業務連絡,シフト作成)の変化の速度はどうしても遅く感じてしまう.近年日本では,人手不足への対応策として労働集約型のサービス業にもデジタル化が進みつつあるが,一方で,労働集約型であるがゆえに企業内部の複雑な業務フローが障害となり,デジタル化の投資に踏み切れない企業も多い.投資分の効果を正当化する根拠が必要になってくる.しかし,企業や国単位でのIT技術の導入効果等は分析されているが,店舗レベルでの活用や効果は,なかなか分析が進んでいない(Tan, T. F., & Netessine, S. 2020).生産性をあげるためのデジタル技術の導入について,その方法や成果に関する基幹的な内容を共通の知識として集約することは,人口減少が進んでいく日本においてサービス業全体をより活性化させるのに必要不可欠である.
「従業員のデジタルコミュニケーション」特集の目的
本特集では,デジタルコミュニケーションツールの導入について,具体的な知見を集約することを試みる.特に次の三つの項目に関して着目する.
(1)現場でどのような活用が行われているか
例えば飲食店では,テーブル管理,シフト管理,ウェイターへの顧客割り振り,顧客の待ち時間管理など,様々なサービスプロセスが存在している.どのプロセスに対して,どういったツールの活用を行っているかの知見は,今後の効率的なデジタルコミュニケーションの運用に必要である.
(2)どんな成果が出ているのか
デジタルコミュニケーションツールがどのような成果をもたらしているのか.どのような客観的な指標に効果が見えてくるのか.もしくは従業員の特性(ベテランかそうで無いか)によっても効果が変わってくるのか.また福祉の分野では,単純な生産性では測れない要素への貢献も期待される.今後の活用の促進や,デジタルツールに基づいた現場での改善を行う上で必要な知識を明らかにする.
(3)活用の際の困難さはどこにあるのか
一方で,導入の困難さについても理解する必要がある.例えば,従業員にとって新しいコミュニケーションのチャネルが増えることは,単純な負担増になると思われる.課題を明らかにすることは,今後の改善に繋がっていく.
これら三つの項目から,どのような業界や企業,現場であれば展開可能性が高まるのか,またデジタルコミュニケーションツールが本質的にサービス業をどう変えていくのかについて,示唆が得られることを期待している.
参考文献
Tan, T. F., & Netessine, S. (2020). At Your Service on the Table: Impact of Tabletop Technology on Restaurant Performance. Management Science, 66(10), 4496–4515.
著者紹介
髙橋 裕紀
筑波大学 システム情報系 助教.博士(工学).2022年より現職.サービス業における,従業員とサービス利用者の相互作用の研究に従事.
根本 裕太郎
横浜市立大学国際商学部准教授.博士(工学).Well-being志向のサービスデザインの研究に従事.日本TSRコミュニティ共同主宰.
増田 央
京都外国語大学国際貢献学部グローバル観光学科准教授.博士(経済学).京都大学大学院修了後,北陸先端科学技術大学院大学,京都大学を経て,現職.情報技術活用の観点での経営学,マーケティング,観光,サービス工学に関する研究に従事.