2020年からのコロナ禍の影響もあり,様々な場面でデジタルツールを使ったコミュニケーションが広まり,オンライン通話や,チャットツール等様々なソフトウェアがより使われる様になった.サービス業においても,コロナ禍前から普及するスマートフォンやその他デジタルデバイスをベースに,従業員のコミュニケーションツールが使われる様になってきている.
本稿では,日本旅館の経営者に対して,企業内部における,デジタルコミュニケーションツールの活用の観点から,どのような成果が得られているのか,また,その方向性の発展のための課題としてはどのようなものがあるのか,といった点に関してサービス学の観点からインタビューを行った内容を紹介する(本インタビューは2024年6月7日に綿善旅館(京都市中京区; 天保元年(1830)創業の老舗旅館)にて実施された).
現在の小野雅世様の綿善旅館での役割や,取り組まれている活動の概略
増田 前回ご対応いただいたインタビュー記事の際に,小野雅世様がどういう形で旅館業に関わられるようになったのかの経緯について詳しくお聞かせいただきました1.ここではまず初めに,コロナ禍の最中から現在にかけての綿善旅館での小野様の取り組みについてお聞かせいただけるとありがたいです.
小野 役割のところでいうと,2021年の12月に代表取締役になっています.もうその辺りからは,経営者目線が以前よりも強くなってきています.平く言うと,人事,総務,経理,企画,ブランディング,経営戦略とか,ちっちゃい会社なので,そんなのを全部一挙にやっています.あと,今着手しているのが,持続可能な観光というキーワードのもとに,グローバル・サステナブル・ツーリズム協議会(GSTC)の基準で,世界基準になってるGSTCマーク.この認証を将来的には取っていきたいというところで動き出しています(2024年9月9日時点で国際認証「Sakura Quality An ESG Practice(通称サクラクオリティグリーン)の「3御衣黄ザクラ」を取得).
増田 綿善旅館様ではコロナ禍の際に,いろいろな新しい取り組みをされてきました.例えば,稼働率を抑えていくという方針がありましたが,その辺りも継続されているのでしょうか.
小野 まだ継続しています.稼働率に関しては,一泊二食付きの場合,夕食の時に,サービスにかかる労力が大きいので,それを抑えています.ただ,例えば,海外の方では,素泊まりを基本としはる場合が多いので,海外の方,素泊まりばかりの時は,満室になることもあります.
あとは,応対するメンバーとのバランスですね.ご予約内容によっても,そのバランスを調整しながら,コントロールをする予約の受け方をしています.
今年は,もう2023年の一年間の外国人の方の数をすでに上回っています.よく来てくれてはるんです.ただ,今は修学旅行のシーズンに入ったので,そこは変わらないか,ちょっと微増しているぐらいです.一方で,日本人の方の人数が,落ち着いているんです.海外の方が増えて,ニュースではオーバーツーリズム.それの代表みたいな感じで,嵐山の映像が映ることが多いです.これは北海道の人も言っていたのですけど,もうゴールデンウィーク,日本人の予約が圧倒的に少ないというので,全国の観光地でどこも似たようなことになっている,というようなことを聞きました.嵐山の映像を見たら,外国の方でぱんぱんになっている映像も多いですが,日本人の方は,本当に敬遠されているなという実感がありました.
増田 価格の点での変化はありましたか.
小野 価格は上げています.以前のこの頃よりも上げるようにしています.予約の窓口は広げているんです.そして,これは今,社会では,二分されてはいる意見なんですけど,価格の二重設定というのをうちはしています.海外の方に向けてのお値段と,国内の方に向けてのお値段での差があります.明確な差でいうと,為替分とサービス料.海外の方は,コンシェルジュみたいな業務のオファーが多いですね.日本人の方に対しては,あまり発生しませんが,外国の方,特に欧米の方はコンシェルジュ業務も業務量としてふえることも鑑みている.
増田 海外,また,日本の方への対応等,この辺り今後どうなっていくのかという点も課題ではありますね.
小野 そうですね.京都がどのようなスタンスを取っていくのか,というのも一つあるかもしれないと思っています.ラグジュアリーな外資系ホテルを誘致してるというのもありますが,ラグジュアリーな外国人をウェルカムとあまりにも言いすぎているので.京都市や京都府の,その辺りの日本人に対する向き合い方というのも課題としてあるのかなと思っています.修学旅行で京都というのは,ある種ブランディングがきっちりなされて,できている.ただ,大人になってからの旅先として,京都はだいぶ認知度というか,嫌悪感を持たれるようになってきているな,というのが,体感としてあるんです.修学旅行ですら交通の確保が以前のようにいかなかったり(貸切タクシー手配),予算面からも京都での修学旅行を見直す動きも出てきている.
企業内におけるデジタルコミュニケーションツールの活用
増田 スマートフォンのデバイスやSNSなどコミュニケーションに関するテクノロジーも変わってきています.これに伴い,企業内の情報伝達のやり方も変わってきていると思います.綿善旅館様では組織内での情報伝達においてどのようなツールを使われているかを教えてください.
小野 就業中のスタッフ間に関しては,ワンフロアに2台ずつiPod touchを置いています(2025年1月よりiPhoneを一人一台持って業務を遂行).そこにアプリとしてSkypeを入れています.お客様のご到着のご案内であったり,お客様のご到着のご案内であったり,例えば,忘れ物の確認とか,導入以前では部門間やほかのフロア間で行なっていた電話でのやり取りを,これで文書化しています.ケータイよりちっちゃなサイズのツールで,しっかりと持ってもらって,目の前のお客様とのコミュニケーションを阻害しないようなツールとして,使わせてもらっています.ワンフロアに大体2名ぐらいずつ配置されるので,1人1台ぐらい当たるようなイメージで導入しています.最初はタブレットでしたが,タブレットは持ち歩けないんです.iPod touchだと,帯の間とか入れて,うろちょろできます.
また,就業中はSkypeなんですけど,それ以外のときは各個人のケータイでLINEを使っています.LINEグループで,明日の朝食時間とか,出勤をしていない人にも共有するような情報は,そちらに共有されています.例えば,直近のシフトやシフトの変更とか.あとは,ルール変更.こういうふうに変えましたので,明日からこうしてね,みたいな,全体に見てほしい,というようなものは,そこでコントロールしています.社内の就業中では,Skype,全体ではLINEという感じです.
Skypeだとメールアドレスを持っていれば取得できるので,導入はその理由でした.LINEは電話番号を持っていないと登録できないので.特に社内で共有したい,今,旅館内にいる人にだけ伝えたい内容は,iPod touchでのSkypeで,という感じです.
増田 素泊まりのお客様など,お客様の管理といった顧客管理に関する情報の共有はどのようにされているのでしょうか.
小野 そこは紙になっています.みんな紙に相当書き込んでいます.このお客様はこう,みたいな.そこもデジタル化したかったのですが,うちが入れている顧客管理システムがWindowsしか対応しておらず,導入できていないんです.ただ,それがケータイになってしまうと,ケータイで見ても細かな情報は潜らないと見られなくなるのかなとは思っています.これは使いやすいほう,効率の良い方法を取っているということかと思います.
デジタルコミュニケーションツールの導入による成果
増田 どのような観点でこのようなコミュニケーションツールがうまく使えていると判断されていますか.
小野 現場単位でのルール変更が簡単になった,というのが大きいです.以前だったら,現場で,これをこうしたほうがめっちゃ効率よくなるのに,とか,これをこっちの場所に移動させたほうがいいのに,みたいなことがあったときには,まずは先輩にお伺いを立てて,次に上司にお伺いを立てて,そして最後に,私たちのところに来るみたいな複数回のステップになっていました.それが,もうLINEグループがあるので,そこで,ええよ,と言って,LINEで,この件については明日からこうします,みたいなことが現場単位で話し合われて,すぐルール化されるんですね.それを事後に私たち管理者が見て,これはマナー違反だよとか,これはお行儀悪いよとか,そういうのが見受けられたときに,さっきの件はこういう理由で許可できないので,見送ったり,代案を出したりはするんです.ただ,9割5分ぐらいはそんなことはありません.そうしたら,みんなが,より良い方法を常に探してアップデートする,というスピードが速くなりました.これは,すごく良いことやなと思っています.
増田 この変化では,現場のスタッフの方の権限や裁量の余地が拡大しているのでしょうか.
小野 そうです.スタッフがそのような権限を持つようになっています.このようなツールを入れたことで,トップダウンな社風や,全体的な組織構成も大きく影響を受けたように思います.
増田 綿善旅館様では,このフロアでは担当者の方がいろいろな判断ができるというようなことを明文化されているのでしょうか.
小野 していないですね.1年目のスタッフが言ってきても,はいどうぞ,みたいな感じです.何の意識もしていなかったんですけど,これが一番効率がいいんですよね.なので,自然にこうなりました.1年目の人が,社内新聞作りますとか.あとは,整理整頓の延長で,これをこっちにやりましたといったモノの引っ越し.以前だったら,この動線にしたほうが,みんな効率良いよね,みたいなことも,お姉さん,これこっちにしていいですかね,みたいなお伺いを立てることがありました(笑).今でも,恐らくその辺りで話し合いは行われているとは思うんですよ.ただ,今までだったら,3ステップぐらい踏んでいたものが,2ステップ,1ステップになったかなというところです.
増田 ツールの導入だけだと,どの施設でもできると思いますが,ただ,それによって,どこの施設でも綿善旅館様のような,このようなスタッフの対応につながるのかに関しては気になりますね.
小野 ポイントは恐らく,今,スタッフの6割の年齢が20代なんです.社会が今,退職代行も出てきているぐらいで,どちらかというと雇用される側が強いじゃないですか.20代は,割とそこがデフォルトになっている世代なんです.昔みたいな社風ではもうなくなっているというのも大きい気はします.
増田 若い世代の意識が変わってきているということと,このようなコミュニケーションのツールがうまく合わさると,若い人はいろいろな情報を発信し出すということですね.ただ,例えば,この辺り明文化してきっちり示してしまうと,若い人が自由に動かなくなってしまう可能性もあるかもしれませんね.
小野 あると思います.うちの会社自体が,割と,やってみよう,間違っていたら引き返したらいいから,みたいな感じで緩くやっています.このツールだけじゃなくて,どこにおいても,そういう考えが根づいています.それがそのままLINEなどのツールの上でも起きているのかな,という気もします.言われてみれば,そこは他と違うかもしれないです.
増田 面白いですね.先程,若いスタッフの方が,いろいろな提案をされる中で,これは良いとか,これは悪いというのを事後的に確認されているというご発言がありましたが,そこの基準をもう少し教えていただけないでしょうか.
小野 ぶわーって見て判断します.一回あったのが,床の間にものを置くみたいな話が出たときに,あそこは神聖な場所だから置いちゃだめだよ,とか.あとは多少,微調整を入れるみたいなものです.こうしますと言ってきたときに,でもこのリスクがあるなっていうところには,こういうパターンがあったときには気をつけなあかへんしね,みたいな.そこでディスカッションが始まるとかもあります.ただ基本的には受け入れる.やってみる.ほんで,あかんかったら,3日後とかに,戻します,みたいなことも結構平気であったりします.それでいいんやみたいな(笑).緩いんです.
増田 スタッフからのご提案の確認で,例えば,お客様がより満足して,それが売り上げに貢献するか,というところはあんまり重視されていませんか.
小野 みんな,頭は「お客様に喜んでいただく」=「売り上げ」にはなっていないです.それより,何か視点として持っているのは,「喜んでいただく」×「効率」みたいなところのほうが大きいです.お金のこととか売り上げは,どっちかというと管理側はよく見ています.やはり,そこはすみ分けになっていて,現場の子たちがお金にぎすぎすしだすと,それが出ちゃうとあれなので,そこは敢えてコントロール上,お金のことはあんまり言わない訳です.ただ,あまりにもロスを出すとか,コストがかかるとか,そこの意識が欠如しているときは,あなたさんの人件費もあんねんやで,みたいな.1000円でものを売って,900円で仕入れてきて,あんたの人件費を乗したら赤字やで,みたいなのは多少は伝えるけど,あんまりがんがんは出してはいかない.
増田 今,ツールを使われてる若い世代より,その上の世代の方もうまくツールを使われているのでしょうか.
小野 団塊の世代は,みんな辞めました.これは辞めさしたとかじゃなくて,自然に,世の中と同じ流れが,この旅館で起きたという,そういう状況です.2014年に新卒採用を始めています.その頃は客室係でいうと,2人だけが正社員で,あとは全員アルバイトというのが10年前なんです.2012年ぐらいに,タウンワークで求人を出しても応募数が目に見えて激減する,ということが起きてきたんです.まだつかまるんだけど,激減しているという体感があったので,2013年に新卒受け入れの準備を始めました.今は,33人中20人が正社員なんですよ.その割合が,もうひっくり返っています.新卒採用を始めて,新卒ばっかり入れたんです.それまでの入社方法は,パートさんとしてきた50代,60代の方が正社員になる,という方法ばかりやったのを,新卒採用にして,団塊の世代は入ってこないので,今,若者が支えています.
企業内のデジタルコミュニケーションツールの活用の実践における困難さ
増田 ルールの変更の共有にLINEグループを使われているという話がありました.こういった業務のマニュアルの更新や共有に関して,LINEをどのように使われているのでしょうか.
小野 LINEグループの,ノートという機能を使ってやっています.そこにルールが蓄積しています.機能として,そのノートの中に入って検索をかけたら,どのルールかにヒットするという,そういう使い方です.
ただ検索をかけて,古いのを見てそれを認識しちゃうと問題です.一番,直近のものを理解しなくちゃいけないので.その辺りの使い勝手としては,そろそろリニューアルというか,整理をしていかなあかん時期かもしれないなとは課題として思っています.もうぐしゃぐしゃですね.時系列という感じです.
例えば,検索ワードでの「お茶出し」という言葉.お客様がチェックインされたときに,みんな「お茶出し」と言うんですけど,マニュアル上では,「呈茶」という言い方をしたりするんですね.でも,それを「呈茶」で検索をかけてしまうと,「お茶出し」には引っかからないので,あれ,呈茶ってルールなかったっけ,みたいになったりとか.私も,以前大手企業で働いていときは,マニュアルの更新頻度がすごかったです.そういうマニュアルの整理部署みたいなのところが,専門で作られるぐらい重要なことなんだろうな,というのは改めて感じます.
記憶からすっぽ抜けていると,検索もかけずに思い込みでやってしまうとかもある.だから,よほど重要なときは既読数だけで管理するんじゃなくて,発信した人が,「ご理解いただけた方はリアクションをお願いします」と言って,リアクションがない人には,わかってるかみたいな,そういうアプローチをして,全体にきっちりと浸透させるという方法にはなっています.
そこをちょっと解決するツールとして,そういうイントラネットみたいな仕組み化をしてるようなアプリを持っている業者があって,ほんまは導入したかったんですけど,ランニングコストが高くて,ようちょっと取引でけへんわっていう,そういう金額でした.でも,マニュアルもコントロールできて機能はすばらしかったです.マニュアルを更新したら分類で分けて,理解したかどうかというのも,みんなの査閲マークが入るみたい形で,しっかり構築されてました.
増田 先ほど,顧客管理の所では,紙にメモをしているという話もありました.そういった日々の業務の紙の情報も,データ化は,されているのでしょうか.
小野 そうですね.部署によって,必要,不必要な情報とかがあります.手書きメモも業務の落ち着いたタイミングに顧客情報に入力したりしています.必要な部署に対しては,情報共有として,例えば,フロントで必要な情報やったら,配管詰まりましたみたいな,明日,業者さんが来ますんでご対応お願いします,といったら,それを該当部署にだけ流すグループLINEがあります.あとは,お客様が到着してから,アレルギー情報が分かった場合,それは調理場さんも,フロントも,客室も,全員が分かっていないといけないので,それは全体のグループLINEで流れるとか.そんなふうな使い方もしています.
時と場合で,どのグループLINEに発信するかを判断して流していきます.ただ,結構,一過性の情報も多いので,長く記録というか,振り返り系はノートに,一時的な情報は普通のチャットみたいなところにっていうイメージです.
あとは,やはり昔ながらかもしれへんけど,お仕事ができるなって思う人は個人的なメモを持っているので,大事なところは,そこに控えて,そのノートを見返してとかはしてはるなと思います.逆に,覚え悪いなみたいな人は,もうほぼメモも取ってない.勉強でもそうですよね.先生の授業を聞いて,ぼーっとしてるのか,大事なメモを取ってるのかみたいな.それと同じですね.耳で聞いた情報を書き出してるのか,LINEで見た情報を書き出してるのか,それは人それぞれです.
増田 そういう意味では,LINEなどでいろいろな情報が共有されるようになっていますが,そういった情報の扱い方もやはり人によって差が出てくる感じでしょうか.
小野 属人的で,差が出てきますね.それはもう,どの分野の,どの世界にも似た事例は起きちゃうかなと思います.
増田 その他,ツールをどんどん使っていく中での課題はありますか.
小野 一個あるとすれば,LINEを使っていて,社内にいる人以外にも送るということは,業務外の時間に,通知のぽっちマークが出るわけですよね.人によっては,ブーンと通知がなると思うんです.あれは,業務外の時間だと嫌やろなと思います.私が,業務外の時間に業務連絡が入ってくるのが,嫌なんで.経営者やから,ネガティブな内容が入ってくることが多いんです.みんなも業務外は仕事のこと忘れて,いい時間にしてほしいけど,あのブーンはよくないんじゃないかなって思います.
増田 こういうデジタルツールは,24時間ずっとつながってしまうので,その点は社会的な課題にもなっていますね.
小野 みんなのプライベート時間,そこはちょっと気になっています.私の配慮としては,LINEはミュートモードで送れるので,通知でブーンって鳴らへんようにしています.私は常にそれをしていて,ただ,緊急,例えば,台風のときとか,今日の出勤のことに関してとかはミュートにはしないんですけど.それ以外はもうミュートにする.指示はしてないけど,LINE,LINEグループによって通知オフとかできると思うんで,みんな,もうあれにしといてという感じです.
増田 スタッフの人もいろんな性格の方がいると思いますが,すぐちゃんと見てくれる人と,そうでない人もいますか.
小野 見ない人もいるし,見る人もいるし.ほんまに見てやっていうときにはもう電話しますね.ほんまの緊急のときには,この子見てへんやろなってすぐわかるんで,特定の人やから.それで何とかやっています.うちの人数が,LINEグループも最大25人とかなんですよ.そんなに問題なく運用できています.
一応みんなのリアクションは見たりしますが,特にこの人に伝えたい,というときには,アットマークでその人を指名するとかもやっています.送りっぱなしというのは,仕事上でもよろしくはないと思うので,それがツールでも確認作業も要る.重要な事項は顔を見たときに,あれ見た? とかですね.それで,その日の朝礼で,LINEでも送っていますが,みたいな感じで共有はしていますね.
増田 そうやって,いろいろな機会をうまく使って確認もされているんですね.
小野 ツールだけに依存しない,という感じです.
デジタルコミュニケーションツールを活用することで実現するホスピタリティ
増田 コミュニケーションツールの情報をうまく扱えているスタッフとそうでないスタッフが出てくるという観点がありましたが,その辺りで普段の業務の質も変わってくるということがあるのでしょうか.
小野 これはあまりツールがどうのこうのというよりは,スタッフの能力になってきます.結局,同じ授業を聞いてても,東大へいく人もいれば,興味がなければ成績に反映しない子もいると思うんですけど,それぐらいの違いでしょうか.
ただ,検索で,お客様に京都の情報を聞かれたときに,曖昧なうそを教えるぐらいやったら,LINEだけじゃなくて,iPod touchはSafariも使えるので,それで検索をかけたり,あとは,翻訳機能とかも使ったらいいんだよ,ということを伝えています.それを使いこなす子と,もうあきらめちゃう子と,その違いかな.だから,どこまでやっているのかは,部屋に入ってしまうと見えなくなるというのが,この業界のちょっとしんどいところではあるんですが,一応,会社としては,そういった使い方もしたらいいんやで,という言い方をしています.
増田 それではスタッフによっては,こういうツールをうまく使ってお客様への情報提供も行なっていることですね.そういう意味では,旅館としてのホスピタリティもありますが,そこにツールがどう入ってくるのか,その辺りは今のところ若い人に任せている感じでしょうか.
小野 任せています.また,私は性格上,せっかちなんですよ.確認してまいります,と言って,向こうに帰ってケータイをさわるぐらいなら,その場で確認して,何ならそのURLを送って,ぐらいのほうが私は好きなので,それで良いと思います.ここの旅館のブランディングなんですが,大衆旅館なんです.「老舗」=「高級」と思わはる人もいるけど,親戚んちぐらいの感覚で来て欲しい.親戚んちで,ケータイをいじったらあかんことないと思うし,それでええよ,と思っています.ただ,かしこまってへん,フランクがOKというわけじゃなくて,きっちりとした礼儀はあるんやけれども,そこのスピード感とかやり方に関しては,うちが醸したいブランドのところにはこういったツールは引っかかってこないです.
今後の企業内部でのデジタルコミュニケーションツールの活用の展開
増田 扱う情報が増えてくると,新しい情報なのかどうなのか,検索に引っかかるものと,引っかからないもの,何か似た情報が増えていくといった,そういう情報整理の課題が更に増えてくるかと思います.このあたり,お金をかけるとイントラネットの情報管理アプリのようなサービスがある,というお話も先ほどありましたが,こういった投資はもうやっていかないといけないという感じでしょうか.
小野 もう本当に一元管理したいなと思っています.さっき言っていたお金をかける話ですが,実はお金かける価値があると私は思っています.ただちょっと時期尚早かな,ぐらいの判断なんです.要は,全部を一元管理したい.出退勤も,うちはタイムカードなんですけど,ケータイでできます,みたいなとか.あとは,社内連絡ツールも,そこで記録に残っていきます,マニュアルも分類分けできています,社是とか社訓じゃないけど,そういうのも,要は,一度そのアプリを開けば,会社のすべての情報がそこにあるっていうふうに管理できるようになるのが,一番きれいな未来なのかなと思っています.今は,SkypeやったりLINEやったり,散らばっている.のちのちには,そこを一つのアプリで統一していけたらいいなとは思っています.
ただ今,リブランディングを考えている最中で,まだ,その完成形が見えてないというか,今,そのリブランディングに動きだしたところなんです.この建物,ハード面も含めたリブランディングの中で,情報というのもすごく重要だと思っています.その一つとして,しっかり取り組んでいきたいなと思っています.ただ,現時点ではそこまでいけてなくて,まだ頭がハードをどうしようかみたいなところです.ハードが固まって,動線とかが固まって,働いてくださるスタッフさんの人数が決まってきて,人数とか,正社員なのかアルバイトなのかとか,属性も決まってきて,そしたら初めて,その情報をどう共有していくか,みたいな方向になってきます.順番としては,情報はもう少しあとなんかなと思っています.
必ずやらんとあかんと思っています.情報って,めっちゃ大事やなと思っていて,経営者になる前からですけど,情報で人生ってめっちゃ得したり損したりするじゃないですか.例えば,クーポンがあるかないか,それを知っているか知らないかだけでも,アプリでこのQR出すだけで100円,200円引かれる.これが10日間続いてみい,みたいな世界でっていうことを思うと,情報ってめっちゃ大事です.これは,ちゃんと社内に向けてもそうやし,社外に向けての情報もそうだし,私らのビジネス的な立ち位置としての振る舞いもそうだし.きちんと整理をして,それぞれに合った,一番効果的な方法をチョイスしたい.予算がかかっても,情報に関してはきっちりしなあかんなと思っています.
増田 情報の観点に関する新しいサービスの価値みたいなところでも,先程あったような,あるお客様の情報を知っているか,知っていないかでも,やれることが変わってくるかと思います.情報整理のシステムが,もしうまく入ると,旅館として,どういう改善というか,次のステージにいけるかみたいなの観点はあるのでしょうか.
小野 もう普通すぎることかもしれないですけど,顧客情報が気軽にみんなで更新できるようになるだけで全然違うと思っています.顧客情報の入力については,漏洩もあるので,パソコンに向かってしか情報共有ができないツールを使っています.今の顧客情報は,よほどキャラクターが強いお客様とか,アレルギー,妊婦,あとは,具体的にこの方にはこういうことを言うたらあきませんよ,みたいな,そういうインパクトのあるお客様に関するものです.それが,もっと手元の端末とかになれば,みんながその瞬間に,例えばですよ,この人は大柄やけど妊婦じゃないでとか,この方は,これ苦手なんやけど無理して食べてくれはるから次からはずさなあかんとか,もうばんばん更新していけば,誰でも見れて,しかもその情報を拾いやすくなる.それで,ふとした顧客サービスがよくなるんだろうな,みたいな.多分もう大手さんでは昔からやってはることは,旅館では,今まで紙管理なので.また,うちのデジタルツールと言っていた顧客管理ソフトは,2014年の導入なんです.だから,それ以前のお客様の情報は一個も入っていない.お客様に常連ですと言われても,全然情報を蓄積していない.人の頭の中に情報が入っていて,退職と同時にその人がいなくなるので,あの人は知っていたのに,みたいな世界になっちゃう.そこの顧客管理がちゃんとできていけるかなと思っていますね.
増田 こういった旅館で提供されるサービスでは,パーソナライゼーション,お客様一人一人の特徴に合わせた対応を追求していくというのが一つの方向性になるのでしょうか.
小野 それが一番いいと思います.このお商売の基本は,目の前の方のご宿泊の一泊です.それを,当たり前なんですけど,安心,安全は当たり前で,そこにアレルギーも入ってくるので,とか.そういう重要なところから,付加価値として,ああ,この空間最高やったわとか,ええ風呂やった,この仲居さんよかったなとか,そういうふうに思い出していただけたら,より最高で,そこにうまく情報がかんでくれば,よりパフォーマンスが上がっていくんだろうなと思います.そうですね,1対1のところが大事になってきます.
増田 最近だと,ツールといっても,例えば,ChatGPTに代表される生成AIなど,機械が様々なコミュニケーションをしてくれる時代になってきました.そのときに,AIをどう使うかでは,いろいろなスタンスがあり得ますが,生成AIのようなAIツールを使うと,例えば,簡単なやり取りだったら,人じゃなくても,チェックイン,チェックアウトとか,そういうやり取りを自動でできる時代になってきたのかなと思います.そういう生成AIのような新しいAIツールの展開については,どういうお考えでしょうか.
小野 いい時代やねと思うけど,うちではやらへんって感じかな.うちは時代に逆行してやろうみたいなところがあって.多分,そういうAIを使った価値のつけ方をしてくるところは山ほど出てくると思います.ただ,川上浩司教授(京都先端科学大学)の不便益(不便の益,不便で良かったこと)という言葉がありますが,やはりあそこに尽きるなっていう.見えへんところでは,なんぼでもデジタルツールを使えばいいと思ってるんです.ただ,チェックイン,チェックアウトとか,後,予約は最終,オンラインから消し去りたいと思っています.何やったら往復はがきでしか予約は無理みたいな.
増田 予約のアクセスの仕方にも敢えての手間.
小野 そうです.もうそこから旅が始まっているぐらいに,そこもさっき言っていたリブランディングに含まれてくるんですけど.それぐらい,私,時代と逆行してやろうぐらいの感覚でおるんで.だから,世の中にどんなに便利になるツールがあっても,お客様に対しては,それを使っていくというのは今のところはないです.
ただ,今,子どもが3人いて,全員旅館を継がへんとかいったら,これはちょっと話が違ってくるんで,もしかしたら機械を入れるかもしれない.ただ,そういう家族経営で何とかできる範囲で運営しながら,儲けるよりも,続けることに私たちの意義があると思っています.昔からのお客さんがいっぱいいてくれはるので.好きな定食屋がつぶれたら腹立つじゃないですか.何でつぶれんのよ,ええーみたいな,何か言うてえな,ぐらいの感じになると思うので.そうやって続けるために,ちょっと規模縮小して,さっき言っていた江戸時代みたいな旅館にしていって(笑),それで機械というのをお客様からはちょっと遠ざけて.でも,裏ではロボットがめっちゃ掃除してるみたいな,そういうふうにしていきたいですね.
増田 ただ旅館の体験としては事前に情報をやりとりするところから始まっているんですね.
小野 そうそう.来てからの情報共有のところは検索しようが何しようが,今あるツールを使うのは私は良いと思うんです.ただ,その手前みたいなところでは,あんまり要らんかなって.温度のあるやり取りから,来はったときに,あー,どうでした,みたいな.そういうやり取りになればいいなと思っています.
増田 今,本当にいろんな宿泊予約サイトとか,クリックだけで簡単に予約ができるところが多いです.その中で,情報のやりとりの手間をどのように提供していくのかというのは,工夫が必要になりそうですね.
小野 大事やと思う.簡単に予約したものって簡単にキャンセルできたり,極論,忘れられたり,ノーショーみたいになるリスクもあると思っています.
ちょっと路線ずれると,就職活動でもそうです.今の子たちって人手不足やから,ある程度採用されるんですよね.私たちの年代って就職活動は氷河期ですよね.就職組に関しては,いろんなところを受けて,100社,200社応募して,受かるのが1社,2社みたいな時代を経た人って,そう簡単に辞めないんですよね.なぜなら,そこに向けて自分は就職活動で磨かれていったり,成長したり,働くとは何だって本気で考えて,向き合って就職するから.でも,今の子たちって,そこまで向き合わずに入ってきて,向き合わずに辞めるみたいな場合もあります.宿泊の予約でも似たことが起きると思っているので,敢えてのちょっとした労力みたいなところは大事にしていきたいなと思っています.
増田 ちょっと労力がかかるけど,その分やっぱり来てもらえると違うよという体験ですね.
小野 全然違う.多分,旅館に対する向き合い方とか,変な期待度もないというか.よくあるのが,あんまり見ないで,ちょっとこぎれいな写真だけ見て,思ってたんと違いました,みたいなのって,向き合ってないからですよね.だから,そこで,お互いに向き合おうよっていう機会になっていくのかなと思っています.
インタビュー後の所感
本稿では,綿善旅館で実施されている,若い世代の特性に合わせた組織内でのコミュニケーションツール活用の取り組みが紹介されている.また,その旅館のコンセプトとして,不便さの中での良さ(不便益)を考慮した,綿善旅館ならでは本質的な旅館における付加価値追及への挑戦が行われており,今後の日本旅館の展開を考える上でも,重要な事例であると考えられる.
サービス学の観点からも,次世代のサービス提供者および顧客に求められるサービスの取り組みを考察する上で,本稿は貴重な知見を提示している.特にサービスを提供する日本における若いスタッフの特徴を踏まえた組織内でのコミュニケーションツール活用およびその経営的視点での管理方針は,旅館業のみならず他のサービス産業の組織内のコミュニケーションの取り組みを改善する上でも大変参考になるものである.
著者紹介
小野 雅世
綿善旅館おかみ.立命館大学卒業後,三井住友銀行入社.退職後実家の旅館へ戻り,業務改革を進める.人生最後の旅行に選んで頂ける旅館になるため,日々前進中.
増田 央
京都外国語大学国際貢献学部准教授.博士(経済学).京都大学大学院修了後,北陸先端科学技術大学院大学を経て,現職.情報技術活用の観点での経営学,マーケティング,観光に関する研究に従事.
脚注
- 小野雅世, 増田央, インタビュー記事:老舗旅館におけるホスピタリティの新たな試み, サービソロジー, 2022.