この「サービス学と実践」というコラムのスタートと,第3回日本サービス大賞の表彰の時期が重なった.10月27日の生産性運動65周年の記念の日に,内閣総理大臣賞をはじめとする6つの大臣賞,JETRO理事長賞,優秀賞,審査員特別賞の30の企業・団体が,そのサービスイノベーションの模範となる「革新的な優れたサービス」に対して表彰された.この日本生産性本部・サービス産業生産性協議会が主催する日本サービス大賞の審査は,審査基準の議論から表彰まで,約1年半の長丁場であり,令和元年東日本台風や,何より新型コロナ危機という不測事態に翻弄された審査過程であったが,無事表彰式まで漕ぎつけることができた喜びは,関係者において一入である.

サービス学会は,今回の審査プロセスに積極的に関与してきた.サービス学会顧問である筆者が全体の委員長となり,前学会長の日高東工大教授をはじめ,一橋大の藤川さん,筑波大の岡田さん,産総研の竹中さん,野村総研の三崎さん等が,委員や選考専門委員として参画した.このため,これまでの2回とは異なったアプローチがいくつか導入されている.たとえば,選考専門委員は,国のサービスサイエンス研究開発,問題解決型サービス科学研究開発プログラムでも活用されたサービス価値共創フレームワーク(いわゆるニコニコ図(村上 他 2017))を当初から共有し,それぞれの候補企業・団体のサービスイノベーションが,サービスのどの側面で,どのように行われているかの理解をできるだけ共通にして比較できるようにした.これにより,その価値提案が,どのようなコンテンツを,どのようなチャネルで,どのようにコンテキストをデザインして行われているかとか,どのような価値共創のプラットフォームを持っているか,資源投入の最適化をどのような科学的・工学的アプローチで行っているか,といったサービスイノベーションの着目点について共通の議論の土俵が早期に出来上がり,議論を革新性の程度や質的な相違へと,より具体性を持って深めることができた.

また,サービスイノベーションは,いわゆるサービス産業によってのみ行われるのでなく,製造業や農林水産業のサービス化もその重要な源泉であるとして,これらの事例についても応募してくれるように,募集の段階で積極的に呼びかけた.結果として,この第3回日本サービス大賞の内閣総理大臣賞を受賞したのは,まさに「製造業のサービス化」の日本における模範事例といえる,「コマツの土木建設サービス全体のデジタル業態革新・スマートコンストラクション」であった.

コマツは,すでに長きにわたって製造業のサービス化に取組み,その優良事例として,建機にGPSを取り付けるKOMTRAXを成功させていた.C. コワルコウスキー,W. ウラガ,戸谷圭子,持丸正明の「B2Bのサービス化戦略(2020)は,今や,製造業のサービス化を志す者の必読書となっているが,下図は,その136ページにあげられているUlaga & Reinartz(2011)の「B2Bサービスの4分類」という枠組みを用いて,コマツにおける製造業のサービス化の進化プロセスを表したものである.KOMTRAXは,コマツの建機の修理駆けつけサービスを迅速化する「製品ライフサイクル・サービス」としてスタートしたが,それは,結果的に顧客の建機の盗難防止や,車両管理の効率性向上,建機の稼働管理,従業員の勤怠管理等に不可欠な「資産効率化サービス」に発展した.

さらに,コマツは,建機をフルICT化することによって精密なマシンコントロールを可能にするICT建機を開発し,勘と経験に頼っていた顧客の土木建設の現場における施工を,科学的・工学的な「プロセス支援サービス」の対象へと変革した.

図1 コマツにおける「製造業のサービス」の進化プロセス

スマートコンストラクションは,そのようなコマツの施工現場の可視化・デジタル化に向けての営々たる努力のうえにたち,ドローンや3Dデータのクラウドプラットフォーム,デジタルツイン等の先端的な技術をフルに活用することによって,施工プロセスだけでなく,測量から始まって,計画,施工,検査,保守の建設生産の全プロセスを3Dデータでつなぐトータルソリューションへと統合した.これにより,建設生産の生産性は,約30%,一挙に向上することになる.コマツは,建設機械メーカーからスタートして,自らのDX(デジタルトランスフォーメーション)を進め,ついに「製造業のサービス化」の究極の姿ともいえるサービスモデルを確立したのである.

同様のコマツにおけるサービスイノベーションの進化のプロセスは,北陸先端大の角忠夫(2016)によっても,①商品から,②サービス,③ソリューションに至るインダストリー4.0時代の製造業のサービス化事例として詳細な分析が行われている.

ただ,今回の日本サービス大賞の内閣総理大臣賞の受賞は,スマートコンストラクションが,単に,コマツという個別企業の成長に寄与することに対してだけ評価されたものではない.このサービスが,もっとスケールの大きいイノベーションにつながる可能性があると評価されたからである.

日本サービス大賞の審査過程においては,製造業のサービス化について,それがもたらすインパクトのスケールの拡大に応じた,4段階の発展段階モデルを考えた.

  • 第1段階 自社製品の利用プロセスのサービス化:自社製品に関わる設置,修理,点検,技術コンサルティング等のサービスの展開.
  • 第2段階 顧客企業の生産性向上:自社製品が利用されている現場に深く入り込み,サービス化,デジタル化により顧客の生産性向上,付加価値拡大に貢献.
  • 第3段階 顧客業界の業態革新:汎用的なソリューションサービスの開発・提供により,顧客の属する産業全体に根本的な業態革新をもたらす.
  • 第4段階 グローバルプラットフォーム化:ソリューションをプラットフォーム化して,サービスをグローバルに展開する.

このモデルで見ると,第1段階は,KOMTRAXの成功,第2段階は,ICT建機の普及で,スマートコンストラクションは,第3段階の顧客業界の業態革新にあたる.スマートコンストラクションの凄さは,単にコマツを強くするだけでなく,顧客である土木建設業界の事業の在り方を,DXにより根本から変革してしまうということである.これまで3K職場の典型といわれ,慢性的な人手不足にあえぎ,外国人労働者に大きく依存する産業であった土木建設業界を,スマートコンストラクションは,すべてが3Dクラウドの上の周到なシミュレーションによって最適化され,自動化によって現場から丁張や補助作業員が消えて作業安全が格段に上がる先進的な職場に変貌させる.しかも,新型コロナ危機に対しても,密接・密集・密閉の3密をICTで回避する,非接触・遠隔・超臨場のサービスでもある.

つまり,製造業が自らのサバイバルを追求する「製造業のサービス化」への取組みは,結果として,サービス産業や土木建設業,農林水産業等の低い生産性に悩む顧客の産業セクターの生産性を抜本的に向上させるサービスイノベーションを推進させるのである.日本の製造業は,かつて世界一の生産性水準を誇った.その,輸送機械,印刷機械,農業機械,物流機器,食品産業,等々,多様な製造業が,コマツのような「製造業のサービス化」の4つの発展段階をたどることができれば,米国の半分の生産性水準といわれるサービス産業や,農業や建設業の生産性を,様変わりに向上させることを期待できる.つまり,製造業のサービス化が,日本経済全体の生産性を向上させるのである.

さらに,コマツのスマートコンストラクションは,2020年から国際展開を開始する.第4段階のスタートである.一時期,世界最先端を走っていた日本のエレクトロニクス産業は,GAFAのグローバルプラットフォームがICT市場を席捲するなかで見る影もなくなりつつある.GAFAが強みとするICTサービスのグローバルプラットフォームの分野で,日本企業が再度,GAFAや中国のプレーヤーを凌駕することは当面望み薄である.しかしながら,コマツが切り開きつつある,製造業起点のグローバルプラットフォームにおいては,再び,日本のプレーヤーが世界市場に躍り出ることが,おおいに期待できるのではないだろうか.

コマツの日本サービス大賞内閣総理大臣賞の表彰には,日本サービス大賞委員会,そして日本経済全体の,そのような多様でスケールの大きい期待が込められているのである.

参考文献

Ulaga, W. and Reinartz, W. J. (2011). Hybrid Offerings : How Manufacturing Firms Combine Goods and Services Successfully, Journal of Marketing, 75(6), 5–23.

コワルコウスキー, C., ウラガ, W., 戸谷圭子, 持丸正明 (2020) B2Bのサービス化戦略: 製造業のチャレンジ, 東洋経済新報社.

角忠夫 (2016). わが国における製造業のサービス化の変遷と今後の展望, サービソロジー, 3(3), 24-31.

村上輝康, 新井民夫, JST社会技術研究開発センター (2017). サービソロジーへの招待: 価値共創によるサービス・イノベーション, 東京大学出版会.

著者紹介

村上 輝康

産業戦略研究所代表.サービス学会顧問.サービス産業生産性協議会幹事・日本サービス大賞委員会委員長.情報学博士(京都大学).

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