COVID-19の感染拡大防止のために,対面でのコミュニケーションを制限せざるを得ない状況での社会活動を余儀なくされるなか,人と人とのコミュニケーションのあり方は大きく変貌した.感染症拡大の防止と経済活動の両立が社会的課題となっている社会状況において,これを機に今までの経済活動や働き方のあり方についても見直し,感染症や自然災害に負けない頑健で柔軟な産業構造と持続発展可能な社会を両立する仕組みを構築していくことが,ますます重要な社会的課題となっている.このように社会的な制約を受ける状況下における「コミュニケーション手段」は,今の時代を乗り越え新しい時代を切り開くキーワードとなりうると考えている.
近年の変化の一つとして,情報通信技術に基づく「テレワーク・在宅勤務」が新しい働き方として急速に社会に浸透したことが挙げられる.その一方で,同僚とのコミュニケーションの手段や機会が限定される状況が長期化するに伴って「テレワーク疲れ」と呼ばれる反応も見受けられるようになってきている.
また,サービスを体験する上での重要な要素の一つである対面の対人コミュニケーションが大きく制限されたことにより,世界中のサービス産業が大きなダメージを負う状況になっている.主にオフィスワーク従事者を対象として急速に普及したテレワークによる働き方を,これまで「人が集まらなくては事業継続できない」業種業態へと拡大していく技術分野については拡張テレワークと呼ばれ注目を集めているが,この分野においてもコミュニケーションに関する分析やコミュニケーション手段を多様化する技術の研究が欠かせない.
また,産業界においてはこの逆境を乗り越えるために,日常生活を今よりも豊かにできる新しい顧客体験・従業員体験を構築するさまざまな新サービスが創出されている.情報通信技術やサービス設計の知見を活用して実現される多様なコミュニケーション手段を活用することで,パンデミック以前よりもより頑健で豊かな社会を構築することができるのではないだろうか.
コミュニケーション手段の多様化を実現するにあたって障壁となっている課題として,もう一つのキーワードである「デジタル化」にも注目をする必要がある.この古くて新しいキーワードは,手書き書類の電子化やペーパーレス化をイメージさせるDigitization,従来の人手による作業プロセスをITにより効率化することまで視野に入れたDigitalization,そうして生まれたデジタルデータをサプライチェーン全体で共有することで社会全体にインパクトを与えるようなビジネスモデル変革の達成までを視野に入れたDigital Transformation(DX)と,時代とともに対象と表現こそ変化しているものの,産業界における取り組み課題であり続けている.特にサービス業においては業務プロセスの根幹に存在する人と人とのコミュニケーションにおいて,さまざまなモダリティやチャンネルをデジタル化する必要がある.このような技術的な課題だけではなく,学校や職場のように共通の目的を持った人が集まりコミュニケーションをとるために必要な場としての機能をデジタル化するにはどのような点に配慮が必要かといった社会的な観点についても検討が必要である.
また,ロボットを介したコミュニケーションにより実環境への物理的な介入が可能になる.人とロボットのコミュニケーションの観点から,自らの体の代わりとなるロボットが世界中に偏在する世の中になるというビジョンから未来社会を描く取り組みをはじめることで,ロボットを介する人のコミュニケーションの本質を垣間見ることができるのではないか.
本特集では以上のような観点で,急速に多様化が進むコミュニケーションツールや基盤となる技術を活用して新サービスを創出した実践事例や研究事例,これらを支援する技術の研究開発プロジェクトの取り組み事例について取り上げ,全体を俯瞰することでコミュニケーション手段を活用した新たなサービスの今後について考えていきたい.

参考文献

第1回 働く人の意識調査,日本生産性本部.https://www.jpc-net.jp/research/detail/004392.html
第6回 働く人の意識調査,日本生産性本部.https://www.jpc-net.jp/research/detail/005361.html
大隈隆史,ニュー・ノーマルな働き方を支える技術,サービス学会Webマガジンコラム.https://magazine.serviceology.org/2020/05/31/ニュー・ノーマルな働き方を支える技術-大隈-隆/
拡張テレワークとその展望,産業技術総合研究所人間拡張研究センター.https://unit.aist.go.jp/harc/telework.html
Schallmo D.R.A., Williams C.A. (2018). History of Digital Transformation. In: Digital Transformation Now!. SpringerBriefs in Business. Springer, Cham. https://doi.org/10.1007/978-3-319-72844-5_2
経済産業省 DX推進ガイドライン.https://www.meti.go.jp/press/2018/12/20181212004/20181212004-1.pdf

著者紹介

大隈隆史

産業技術総合研究所人間拡張研究センター研究チーム長.博士(工学).サービス提供プロセスの計測・可視化・分析・介入によるサービスプロセス改善支援を実現するサービス工学の研究に従事.

渡辺健太郎

産業技術総合研究所人間拡張研究センター主任研究員.博士(工学).専門は設計工学,サービス工学.サービス設計方法論,並びに支援技術の研究に従事.

小早川真衣子

千葉工業大学先進工学部知能メディア工学科助教.博士(美術).多摩美術大学,愛知淑徳大学,産業技術総合研究所人工知能研究センター勤務を経て,現職.共同デザインなど社会的に展開するデザイン実践と方法論の研究に従事.

森藤ちひろ

流通科学大学人間社会学部教授.博士(先端マネジメント).専門は,サービス・マーケティング,消費者行動,ソーシャル・マネジメント.サービス提供者と消費者の相互作用の研究に従事.

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