「アンビエント・ミュージック(環境音楽)」の先駆者として知られるイギリスの音楽家,ブライアン・イーノ*1が,かつて次のように語っていた.

「芸術や文化についての一般的な認識を改める必要がある.さまざまなアートは人々の生活の中心にあるべきものだが,決して役に立つものではないということも知っておくべきだ.そもそも芸術や文化というのは,個人がかなり極端でどちらかというと“危険な感情を体験するための安全な場所”を提供するものであり,芸術や文化がこれまで受け入れられてきたのはそうした精神状態をすぐにオフにできるからで,さまざまなアートはこういう形で人々にとっての刺激になってきたのだ.現代における1ヶ月の変化は14世紀におけるまるまる100年に等しい.そんな社会で生きていくうえで人間は自分とまわりがしっかりシンクロして,首尾一貫していることを確認しなければならない.カルチャーがぼくたちにもたらしてくれているのはそういうことなのだと思う」.

コロナウィルス感染症COVID-19による禍害(以下,コロナ禍)の影響で,首相や専門家会議のメンバー,マスコミなどから,あたかも感染源であるかのような扱いを受け,不要不急なものとされ,真っ先にそこに行くことを控えるように名指しされ,大いに風評被害を受け,いま,倒産への危機感を抱きながら,文字通り必死に生き残りのため,当座のキャッシュの調達に,またコスト低減や支払いのリスケジュールなどの交渉に,さらには会員さまへの対応,そして再開後の安全・衛生対策に奔走している「スポーツジム」であるが,ここでイーノが言うような意味において,それでもフィットネスやマインドフルネスなどは,芸術や文化と似て,この変化が激しくストレスフルな世の中を生きていく現代人にとって,必要なものなのではないのか.否,それが欠かせないという人もいる.特定の疾患にかかっているが,定期的に運動等の指導を受けることによって,なんとか健康状態を保っているという人にとっては,不可欠だ.

ただコロナ禍以降,フィットネスやマインドフルネスは,サービスに大きな過不足があってはいけないのかもしれない.ビフォーコロナの時代は,特にハード面に過剰な投資があったのかもしれない一方,サービス面ではお客さま一人ひとりに最適化した対応をすることがしきれていなかったのかもしれない.フィットネスクラブは,もっとオーセンティシティ(欺瞞がなく,信頼できる本物であること)であるべきだ.この点,イタリアのファッションデザイナー,ジョルジオ・アルマーニ*2が,コロナ禍で危機にさらされているファッション業界について語った次のことばが,示唆的である.

「『(雑誌などで見た)アイテムを今すぐ買いたい』という一部の消費者の欲望を満たすためだけに,真冬なのに店ではリネンのドレスしか売っておらず,逆に真夏にはアルパカのコートしか置いていないような現状もおかしいと思う.服を買うときに,それが着られる季節になるまで半年以上もクローゼットで眠らせておくことを想定して買う人間がどれほどいるだろうか? いたとしても,ごく少数だろう.百貨店が始めたこの方法はいつの間にか定着してしまったが,間違っていると思うし,変えなければならない.今回の危機は,業界の現状を一度リセットしてスローダウンするための貴重な機会でもある.現在イタリアは全土封鎖の措置が取られているが,それが解除された際には,春夏コレクションの商品が少なくとも9月初旬まで店頭に置かれるように手配した.それが自然な姿だと思うので,今後もずっとそうするつもりだ.『オーセンティシティ』の価値も,これを機会に取り戻したい.ファッションをただコミュニケーションの手段として利用したり,軽い思いつきでプレ・コレクションを世界中で発表したり,やたらに大掛かりで派手なショーを開催したりするのはもう十分だ.意味のない金の無駄遣いであり,今の時代には不適切なうえ,もはや品のない行為に思える.特別なイベントだったはずのものを慣例だからと繰り返すのではなく,本当に特別な機会にのみ行うべきだ」.

フィットネスがスポーツを日常化したものだとするのなら,フィットネスはスポーツ以上に日常の生活シーンに溶け,ごく自然にできるものになる必要があろう.アフターコロナの時代に,生活者がニューノーマル(新常態)と呼ばれるようなライフスタイルを求めるようになるなら,フィットネスやマインドフルネスも,それに対応したものになるべきなのかもしれない.

一旦ここでスローダウンして,まさに衣服や食事,住まいのようにもっと対象顧客が普段の生活にすんなり取り込めるようなサービスにリデザインしていく必要があろう.この間,オンラインによるフィットネスサービスがぐんと普及したが,そうしたサービスも,これまでのオフラインのサービスと融合して提供していかなければならないだろうし,またサービスの不足をCRMなどのデジタルテクノロジーを駆使することで補っていったりすることも必要になろう.

私たちは,ビフォーコロナの時代には,顧客インサイトを確実に捉えたサービスデザインができていなかったのかもしれない.コロナ禍は,今,提供しているサービスをよりカスタマーセントリックな視点から見直し,無駄を削ぎ,時間を経るごとに,価値あるものにしていくことの大切さに気づかせてくれたのではないか.顧客一人ひとりとエンゲーメントを築き,よりよい関係となり,しかも効率的な運営をするためには,どうあらなければならないのか.私たちはもう一度自社や自分のあり方を考え,これからの時代にふさわしい取り組みをしなければならない. このコロナ禍は,続くかもしれないし,収束に向かうかもしれない.だが,いずれにせよこれからは,これまでと違う世界に変わる.そこでも変わらないことは,顧客一人ひとりとエンゲーメントを築き,よりよい関係でいられるかだ.私たちは,正しいパーパスを抱き,それにフィットするビジネスモデルを構築し,そして,そのビジネスモデルを十分に機能させ,日々進化させていくことができるオペレーションができるようにならなければならない.

著者紹介

古屋武範(ふるや たけのり)
株式会社クラブビジネスジャパン 代表取締役社長
『Fitness Business』編集発行人,一般社団法人日本フィットネス産業協会理事,IHRSAアンバサダーほか.
HP https://www.fitnessclub.jp/business/

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