「生活様式や価値観が本当に変わってしまった.」
この一年を振り返ると,この一言に尽きるだろう.
2020年は,コロナウィルス感染症COVID-19(以下,COVID-19)の感染拡大によって人々の動きが止まり,経済活動が停滞した一年だった.世界有数の都市がロックダウン(都市封鎖)をし,多くの国で他国との往来を未だに厳しく制限している.毎日マスクをつけ,自宅で過ごす時間が増え,行きたい場所へもなかなか行けない.当然ながら気楽に観光を楽しめる状況ではなくなっている.このような事態を誰が予想できただろうか.
ただ,COVID-19以前から観光に関する課題はいくつも指摘されている.これまで日本は観光立国を目指し,2020年度に訪日外国人旅行者4,000万人の実現に向けて,ビザの緩和をはじめとしたさまざまな施策を講じてきた.その功罪は大きく,旅行者の増加で賑やかになる一方で,オーバーツーリズムという観光地住民の生活への悪影響の課題が取り沙汰される観光地が目立つようになった.別の視点では,人口減少による観光サービス人材の不足の課題やそれに伴うサービス品質の低下も指摘されている.
本特集では,「ツーリズムと地域資源」をテーマに掲げ,これらの課題を中心に議論するために「観光形態」「観光地マネジメント」「サービスデザイン」にフォーカスした.COVID-19による様々な制約の中,2020年度は5本の記事を公開することができた.読者や執筆者,事務局をはじめ,この場を借りてすべての関係者に感謝するとともに御礼を申し上げたい.
ここでは,各記事について簡単に振り返りながら紹介したい.
1本目の記事では,直井氏と河田氏が,観光のサービスとしての側面をコントロールすることの困難さについて議論している.観光とは,不確実性で損害が生じやすい環境において,対処の為の準備や能力に乏しい観光者が移動を行う現象であり,観光者は金銭を支払っている事業者にリスク対応を強く要求する場合が少なくない.サービスマネジメントの観点を組み入れて観光現象について再考することは,その複雑性,不確実性に溺れることなく,マネジメント志向の観光研究を目指す重要な一歩になりうると指摘し,このような方策を実行することで,新規来訪者の獲得および来訪者のリピーター化を図りうるとしている.この記事では,テーマパークを事例とした実証研究の結果から,来訪前の段階でのブランドイメージ評価を高めることと,期待の範囲内外での体験可能性のコントロールによって「見残し・やり残し」を管理していく方策も取りうることが示唆されたことを報告している.
2本目の記事では,国際的に注目されているウェルネス・ツーリズムに関する近年の動向が解説されている.岡村氏(国際医療福祉大学)は,世界的な健康増進・予防ニーズの拡大と発展途上国の中流階級の増加に加え,国内における厚生労働省と観光庁が協力した施策の動きなどを背景に,長期的な視点での地域資源活用の方策として,日本における外国人を対象としたウェルネス・ツーリズムの大きな可能性を指摘している.単なる健康診断+観光というだけでは,日本は医療ツーリズムとしての国際競争力を維持することは容易ではないが,その地域の自然や健康増進・予防につながるような資源を活用して,ウェルネス・ツーリズムプログラムとして開発・提供できれば,その国際競争力を向上させることができる可能性があり,大いに期待できるという.アフターコロナの日本のツーリズム戦略に対する建設的な提言と言えよう.
3本目として,青木氏(株式会社Otono)は「まちのストーリーを,スマホ×音声でつなぐ 新たな観光サービスへの挑戦」として,地方における新しい観光サービスのあり方について実践に基づき紹介している.「Otono(オトノ)は静岡で立ち上げられた,その地に根付くストーリーを歴史上の人物やキャラクターが解説するといった,スマホで楽しめる劇場型音声ガイドサービスである.制作には外部から募ったシナリオライター,翻訳家,声優などのクリエイターが関わっている.また,地元大学の学生に地域の農家や飲食店へのフィールドワークを体験させ,ツアーの企画に参画させている.
デジタル技術を使った単なる音声サービスではなく,その魅力に気づけずにいた観光資源を外部の目で掘り起こし,さらに観光客と地域住民を直接結びつける仕組みづくりを目指しているという試みは,サービスデザインの視点からも興味深い.
4本目の執筆者である岩田氏(国土交通政策研究所)は,「サステナブル・ツーリズムの確立と観光指標の意義」と題してサステナブル・ツーリズムの概要と必要な指標,課題について先行研究を踏まえて論じている.具体的には,サステナブル・ツーリズムの導入,観光地のマネジメントにおいて指標は重要な役割を果たすことを指摘し,経済,社会・文化,環境の3つのボトムラインにマネジメントを加えた4つの観点からサステナブル・ツーリズムを捉えるとともに,地域の実情を踏まえた独自項目の設定の必要性に触れている.
すなわち,観光がもたらす負の影響にも向き合いながら,経済的側面だけではなく地域住民などステークホルダー全体の満足度を含めたサステナブルなツーリズムの形成を提起している.
最後に,国枝氏(大阪成蹊大学)は,「消費者の観光行動に及ぼすCOVID-19の影響-今後の地域観光の可能性を探る-」において,COVID-19が消費者の観光に関する意思決定にどのような影響を与えるのか,について分析している.具体的には,COVID-19が落ち着いた時期に国内旅行に行くことを想定した調査(20代~60代の日本人を対象としたWEB調査)を行ったところ,消費者の感情が行動意図に影響を与えるなど,先行研究と一致する傾向を確認しながら,とりわけ,「周囲からの理解を得ようとする」主観的規範が行動意図に結びつく重要な要因であることを明らかにしている.この結果から,例えば,観光に関わる企業や観光地は,ターゲットとする消費者に加えて,その消費者の家族を考慮したプロモーション(家族の不安をとり除くなど)を実施することで,より選択される企業,あるいは,観光地になり得るなど,学術的意義だけでなく,実務的意義のある記事になっている.
以上の通り,本年度は5本の記事を公開することができた.このことに改めて関係者各位に感謝したい.本特集を継続することができれば,2021年度は以下のような内容にも触れたいと考えている.
本特集記事のひとつ「まちのストーリーを,スマホ×音声でつなぐ 新たな観光サービスへの挑戦」もそうであるように,コロナ禍においても新たな観光サービスが生まれている.そこでは,新たな社会的価値が創造されると同時に,今まで想像もつかなかった新たな課題が表出するだろう.このような価値と課題について,読者の皆様と議論できる場をつくっていきたい.
著者紹介
丹野 愼太郎
㈱マーケティング・エクセレンス コンサルタント.同志社大学工学部卒業,2013年同志社ビジネススクール修了(経営学修士).産業ガスメーカー勤務,産業技術総合研究所を経て現職.製造業のサービス化に関する研究等に従事.
森藤 ちひろ
流通科学大学人間社会学部教授.2011年関西学院大学大学院経営戦略研究科博士後期課程修了.博士(先端マネジメント).専門は,サービス・マーケティング,消費者行動,ソーシャル・マネジメント.
渋田 一夫
関西学院大学感性価値創造インスティテュート特任教授.1990年青山学院大学大学院理工学研究科博士前期課程修了.2015年東京工業大学大学院イノベーションマネジメント研究科専門職学位課程修了(技術経営修士).
田中 祥司
摂南大学経営学部准教授.2011年関西学院大学専門職大学院経営戦略研究科修了(経営管理修士(専門職)).2020年早稲田大学大学院商学研究科博士後期課程単位取得.専門は,マーケティング,消費者行動.