サービソロジーのコラムを担当することになった.第一回は私のサービス学との出会いやサービス学会設立当時の情景などを描ければと考えている.なお,せっかくのデジタル版であるので,参考資料などへのリンクは極力張っておく.

最近でこそ,さまざまな場面で「サービス」*1が使われ,違和感がなくなっているが,サービス学会の創設時には「そもそもサービスとは何か」という議論から始まっていたように思う.日常的に「サービス」というと無料奉仕のことだったり,政府は「サービス産業」というのを定義していたりした.学会設立の2012年当時,サービス学会で扱っているような広義の「サービス」概念は珍しかったと思う.

実はサービス学会を始めたお偉方(つまり,初代会長を含む私より上の世代)は「サービス科学」を目指しておられたが,私はサービスは工学であるべきだと主張していた*2.概念的にscience=科学とするのは間違いで,英語のscienceは科学と工学の両方を含む概念だと考えている.scienceにart(技術)の要素が入るのが工学である.そしてサービスには実装の仕組みがなければならない.

図1 英語のscienceと日本語の科学・工学の関係

実は「サービス工学」という用語は随分昔から存在する.榎本肇『サービスの論理モデル―サービス工学への道』というドンピシャの論文が1984年の国際通信の研究*3に出ているのである.

現代に戻って,2008年には文部科学省に「サービス科学・工学の推進に関する検討会」ができ,私もその委員になった*4.ここで私は教育も行政も広い意味のサービスだと主張したのだが,報告書には入れてもらえなかった.

上記の検討会にはJST研究開発戦略センター長の生駒俊明も参加していた.JSTが科学技術研究の将来の方向性を探るためのワークショップを随時開催し,それを報告書としてまとめているものの一つに『科学技術未来戦略ワークショップ(電子情報通信系俯瞰WS II)報告書』(2007)というのがある.ここで我々はSPIN*5と命名した継続的研究開発の在り方を提案した.新しい情報システムはウォーターフォールモデルではなく,螺旋的に改善していくモデルであるべきだという主張であるが,現在では当たり前になって,「アジャイル開発」の名がつけられている.

図2 SPINの提案

SPINの提案は,従来の研究支援の仕組みで想定されていた研究が,その完成と共に,あるいはそれに続く実証実験だけで終わることになっていたのに対し,研究成果を社会実装し,そこから新たな問題を発見して研究に戻すというループを継続的に回すという考え方で,日本の公的研究予算でこれが実践された例はなかった.

JST研究開発戦略センターが2008年に出した『サービスの効率化・高度化に向けた 数理・情報科学に基づく技術基盤の構築』というレポートの前文には以下のように書かれている:

2004 年 12 月に米国競争力評議会が発表したレポート“Innovate America*6”の中で「サービスサイエンス」が取り上げられたのが一つの契機となって、 サービスサイエンス、あるいは SSME (Service Science, Management and Engineering) と呼ばれる分野に対する関心が各国で高まり多くの検討がなされている。しかし、この分野の全体像はまだ明らかにはなっておらず、「サービス」 の定義にすら諸説があってコンセンサスは得られていない状況である。関係する学問分野も数理科学、情報科学、認知科学、心理学、経済学など多岐にわたり、さらに組織の経営、マーケティング手法、ビジネスの慣習やアイデアなどの要素も含まれる。このような異質の要素を統合した体系的な取り扱いが可能かどうか、多方面からの模索が続いている。

生駒センター長の尽力もあって,SPINの考え方を実装したRISTEX サービス科学プログラムが2010年度に発足した.日本においてサービス実践を含む研究枠組みが認められたのは画期的なことである.実際に当該プログラムが走り始めた際,その目的として,SPIN の精神に則った社会実装とループを継続的に回すという二つに加え,これら研究開発活動の実践全体から得られる知見をサービス学の観点から汎化するという第三の目的が追加されていた.我々が進めてきたSmart Access Vehicle Service (SAVS)の実装もこの精神に則ったものだと考えているが,これについては次回に語りたい.

以上述べてきたように,さまざまなところで「サービス」の学術的研究と実践が同時多発的に立ち上がってきた.巷でも「モノ」売りから「コト」売りへというスローガンが出るほど,様々な分野のサービス化が起こっている.ロールスロイス社は航空機エンジンを売らず,エンジンを航空機会社にレンタルした上でメンテナンスサービスを売っているし,コマツの重機も世界中にレンタルでサービスされている.トヨタも自動車から移動サービスへと転換しつつある.最近行政が注目するようになってきた「スマートシティー」も,都市のサービス化だと思う.今後が楽しみである.

著者紹介

中島 秀之

札幌市立大学学長.1983年,東京大学大学院情報工学専門課程修了(工学博士).同年,電子技術総合研究所入所.2001年産総研サイバーアシスト研究センター長.2004年公立はこだて未来大学学長.2016年東京大学先端人工知能学教育寄付講座特任教授,2018年より現職.認知科学会元会長,情報処理学会元副会長・元編集長.サービス学会編集長.情報処理学会・人工知能学会・認知科学会各フェロー.ソフトウェア科学会名誉会員.
主要編著書:計算論的思考ってなに?(公立はこだて未来大学出版会),DX白書2021(IPA),スマートモビリティ革命(公立はこだて未来大学出版会),AI白書2017-2022(角川アスキー),人工知能−その到達点と未来(小学館),人工知能革命の真実−シンギュラリティの世界(WAC),知能の物語(公立はこだて未来大学出版会),Handbook of Ambient Intelligence and Smart Environments(Springer),知能の謎(講談社ブルーバックス),AI事典(共立出版),思考(岩波講座認知科学8),Prolog(産業図書).
HP:https://www.fun.ac.jp/~nakashim/welcomej.html


  1. MaaS: Mobility as a Service, SaaS: Software as a Serviceなどが有名であるが,webを見るとAaaSからZaaSまで全部揃っているらしい.
  2. 科学と工学の関係についての私の主張は,以下に書いた.
    中島秀之 (2001). 科学・工学・知能・複雑系-日本の科学をめざして, 科学, 71(4/5): 620-622.
  3. 榎本肇 (1984). サービスの論理モデル―サービス工学への道, 国際通信の研究, 121, pp. 303-321.
  4. https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/gijyutu/012/gaiyo/08082601/001.htm
  5. 私たちの世代はこういった名称をアクロニムにするのが好きで,SPINはSpiral-up Program for Innovative Nipponという展開をした.最近のAIシステムの命名を見ていると若い人たちはこだわっていないようである.
  6. http://endostr.la.coocan.jp/sci-rep.priv.innovate.htm

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