はじめに
コミュニケーションは,社会性を持つヒトにとって有史以前からの普遍的な行動の1つであろう.長い歴史の中でコミュニケーション問題の解決に資する知見が蓄積されてきた.しかしながら,コミュニケーションに起因するさまざまなトラブルが頻発し,苦しむ人が多い.社会の変化に伴う価値観の変化,個々人の知識の差や扱う言葉の多義性をはじめとした多くの要因が複雑に絡み合うことで問題を引き起こしているのだろう.書店ではコミュニケーションに関する書籍がところ狭しと並んでいる.それだけコミュニケーションの問題を解決したいと願っている人が多いことの現れとも言える.特に近年は,企業等における上司-部下のコミュニケーションに関する話題に事欠かない.例えば,組織開発手法の1つであるチームビルディング*1において,心理的安全性の重要性がEdmondson (1999)によって提唱されている*2.しかし,これを感情的に言いたいことを言えることだと誤った捉え方をする人や,業務内容の指摘を受けたことを不快に感じ,“この職場には心理的安全性がない”と激昂する人もいるという.加えて,近年の価値観の多様化も重なり,部下に言いたいことが言えなくなっている上司も多いと聞く.これを単なる世代間ギャップで片付けてはいけない.
企業や団体などでは目標を達成するため,一般的にグループやチームを構成して組織運営をおこなうが,このときチームビルディングが重要な要素となる.Tuckman(1965)によれば,チームビルディングは①形成期(Forming),②混乱期(Storming),③統一期(Norming),④機能期(Performing)の4つの段階において,チームリーダーは,メンバーとの目的や目標の理解共有やそれぞれの相談相手の存在をつくることが求められる.つまり,チームビルディングの要件として,適切なコミュニケーションが求められる.
本来,コミュニケーションは社会生活をより豊かに,そして,スムーズに営むための行動である.そのための適切なコミュニケーションとは一体何であろうか.唯一の正解はなくても現代における“望ましいコミュニケーションのあり方”はあるのではないかと,筆者は考える.
そこで本稿では,株式会社カインズ 中村聡太氏にチームビルディングの実践事例を踏まえながら,価値共創視点のコミュニケーションについて伺った.この取材から,望ましいコミュニケーションのあり方についてのヒントをいくつも得られたのではないかと感じている.
インタビュー
多様な価値観の線引き:利他と利己
丹野 ビジネスを考えた時,ヒト・モノ・カネ・データが重要な要素として言われますが,この中で特に意識しているものはありますか.
中村氏(以下,敬称略) やはり人ですね.これまでのキャリアやビジネススクールでの研究でも人に軸足を置いてきたので.カインズの企業理念には「くらしに,ららら.」というお客様への約束「プロミス」があります.さらに「世界を,日常から変える.」という「ビジョン」,そしてビジョンを実現するための価値観「コアバリュー」があります.「Kindnessでつながる」「創るをつくる」「枠をこえる」の3つです.これらは次のカインズを創るために制定されたもので,私自身も深く共感し,特に,この3つで人が繋がると考えていてとても大切にしています.
丹野 価値観の多様化が言われている中で,従業員の会社の価値観を揃えることはかなり難しいと感じています.このような中で,中村さんとしては価値観の多様性をどのように捉えていますか.
中村 企業理念や会社の価値観というのは,基本的に抽象度が高いものなので揃える必要はないと思っています.弊社でいえば,相手を思いやる心,それ自体が「Kindness」(カインドネス)だと思っているので.利他の精神じゃないですけど,そういったものがあればそれはそれで1つの大きな方向性だと思いますので,ガチガチに揃える必要はないかなと.
基本的には,その人が何に価値を置いているのかを探る,知るところがスタートになりますね.あくまでその人の意思に基づいて仕事をすすめてもらえるようにしていきたいと思っているので,アプローチとしては「まず話を聞く」ということになるかなと思います.
丹野 最近の流れとして,人的資本経営やピープルマネジメントを声高に打ち出す企業が増えているように思います.組織として1つの価値観を持つと同時に,個々の従業員の価値観を大事にするということは,組織と従業員との乖離を生み出しかねません.この点についてはいかがでしょうか.
中村 「Kindness」は,社名の由来であり,企業理念におけるコアバリュー(価値観)の一つでもあります.なので,この価値観を念頭に置いたときに,違和感のある行為があった場合においては,一緒に考えたり,時には指導するなりして改善していく必要もあります.そうでなければ,組織として成り立たない,というのが私の考えです.誰かが組織の価値観を踏み外してしまうというのは,自己中心的な思考による自己満足であって,利他ではない.部下が組織の価値観を踏み外さないようにマネジャーとして努力する部分かなと.ここをコアにしています.このコア,つまり,利他であり続けるためにまず自分自身が幸せかどうかを大事にしてほしい.これは,新しく加わるメンバーには必ず共有するようにしています.やはり,心に余裕がないと他の人に何かを与えることはできない.そう思って日々取り組んでいます.
ある研究論文では,幸せを感じている従業員は創造性や生産性が高く,欠勤率や離職率が低いとも記されています.私もひとりのビジネスマンとして,自分が幸せであることが組織を幸せにすることにつながるのだと考えています.
丹野 多様性と自己中心思考の境界を見抜くのは至難の業だと思いますが.
中村 うまく言語化できるかわかりませんけど(笑).仕事として各部門と関わる上で,それぞれの立場にそれぞれの信念があるという前提に立っています.なので,まずはどのような意見であっても聞くところから始めます.意見を聞きながら,“自分の意見が通らないとすべて嫌だっ!”みたいな話になると利己的に感じますし,一部妥協しながらでも全体をまとめていくような話になれば利己的ではないと判断しています.
能動的関与と有言実行を促すマネジメントとしてのフィードフォワード
丹野 部下の方には,積極的に責任を果たそうとする人とそうでない人がいると思います.中村さんから観たとき,どこに違いがあると感じていますか.
中村 やってみたいことがあるかないか,という部分が大きい気がします.どの業務でも同じだと思いますが,将来こうありたいっていうのがあるかないか.ある人は能動的に積極的に動きますし,成長も早いと感じます.慶應大学の前野先生が提唱する幸福学の中で,やってみよう因子というのがあって,それに相当するものかなと.もしかしたら研究などで明らかにされているのかもしれませんが,“まずやってみよう”が他者に良い影響を与えて組織としてムーブメントが起こる.そんな気がしています.
丹野 責任感そっちのけで,前のめり状態で動いている人に対しては.
中村 そこはマネジメントですよね.責任感なく動いている人に責任感を感じてもらうというのは管理職がリードするべきだと思っています.
丹野 コミュニケーションの基本は相互の共通認識を拡げることですが,中村さんが部下との共通認識を拡げる上で気をつけていることについて教えてください.
中村 流行り言葉になってしまいますが,心理的安全性が担保されているかどうか.これは一朝一夕にはできず,日頃の継続的なコミュニケーションの中で作っていくものだと思っています.この心理的安全性を高めるために,Edmondson教授が7つの行動を提唱していますが,特に次の2つを意識的にしています.
まず,“上司である私も間違うことがあるんだ”ということを積極的に伝えます.そして,間違いやおかしなことがあればいつでも言えるように雰囲気や環境をつくるようにしています.2つ目として,失敗は学びの機会であることを強調するようにしています.安心して話せる環境,失敗を恐れずに積極的に動ける環境をいかにつくるかですね.このとき,久野氏の提唱する「フィードフォワード*3」の手法を,普段のコミュニケーションに取り入れるようにしています.“必ずうまくいくとしたら,どんなことをしたいですか?”みたいな,業務とは直接関係のないような話.でも,こういうところから話が広がっていくので部下の思っていることを引き出すために活用しています.
丹野 部下が中村さんに対して失礼な発言をしてしまったときはどう対処されていますか.
中村 もちろん,時と場合によるのは前提ですが,私の場合は基本的に受け入れますね.ただ,取引先や他の方の前では失礼にあたりますので指摘はします.このようなコミュニケーションを続けているといつの間にか指摘もしなくて良くなりますし,相手への敬意を持つようになると思います.
丹野 フィードフォワードを取り入れたコミュニケーションをしていても,フィードバックをしなければいけない時があると思います.言いたくないことや言われたくないことを言わなければならない時,中村さんはどのような点に気を配っていますか.
中村 近年,大手企業であれば目標管理制度(MBO)に基づく評価を取り入れていると思います.このMBOに沿ってフィードバックを行うこと,つまり一貫性が大事だと考えています.MBOが上司と部下の関係性や部下自身の成長にとって重要であることを,時間をかけてしっかりと伝えるように心がけています.私の言うことがコロコロ変わると,部下との信頼関係も築けないと思っているのでとても気をつけていますね.
丹野 部下とどのような会話をしているのか,差し障りのない範囲で教えていただけますか.
中村 MBO面談をする上で,部下自身がどうなりたいかを必ず聞くようにしています.その上で,フィードバックの際,部下の将来像と今回の内容がどう繋がっていくのかを時間をかけて話をします.例えば,Aさんという部下が会社の要求するレベルより高いレベルを自分自身で求めている場合,結果として高いレベルに届かなかったとしてもそこに繋げていくような取り組みを一緒に考えていくようにしています.ただ,将来像とかキャリアプランの話をするとき,そのための場を設定して聞かないようにしています.面と向かって“どうなりたいの?”なんて聞かれても,部下は悩んじゃいますから.普段の会話から大事にしている価値観を発見していくっていう流れがいいのかなと思っています.なので,フィードフォワードの手法を使って聞き出しているって感じです.
フィードバックはどうしても結果承認になりがちです.結果承認だと,また頑張らないといけなくなる誤ったドライブをかけてしまったり,変なレッテルを貼ってしまったりする可能性があります.それよりも可能性承認や存在承認の方が部下には刺さりやすい.ポジティブフィードバックの手法ですね.
気づきを促す,待つ
丹野 今日のお話を伺った限りでは,中村さんと部下との間に深い信頼関係が醸成されているように感じています.上司-部下と聞くと,どうしても上下関係をイメージしてしまうのですが,中村さんの中での上司-部下の関係とはどのようなものでしょうか.
中村 部下とは,それなりの信頼関係は築けていると思います.一方で,組織としての秩序も必要なので,距離感のコントロールはするようにしています.友達関係ではないので.もちろん上下関係はありますが,上下とは違う意味での秩序ですね.私と部下は確かに縦の関係ですがチームとしての横の関係もある.視野がチームの中だけだと周りからどう見られているかがわからない.もしかしたら,ただ遊んでいるのではないか?と見られているかもしれないので,全体の中でどう見られているのかを意識してもらうようにしています.
丹野 それぞれの部下に自身の役割を明確に理解してもらう,ということでしょうか.そこで大事になるのが「気づき」ですが,中村さんは部下に対して気づきを促すような取り組みをされていますか.
中村 今,幸いなことに複数の部門とチームとして関わっていることもあり,他の部門の方から伝えてもらうことが多いですね.私から部下に直接伝えると傷つきそうなときは,立場が近い方から伝えてもらうなどの工夫をしています.
丹野 人材育成などの人の変化には,「待つ」ことが伴います.あらゆることが効率化されていく時代になり,待てない人が増えてきていますが中村さんは待てていますか.
中村 最初から出来る人はいないという心構えを持って接しています.我慢というか想定しているという感じですね.ある程度かかる時間を見越して,さらにバッファーを設けるようにしています.これは前職の経験が大きいですね.前職ではまだまだ未熟だったのに様々な案件をリードする立場で全体を動かさないといけなかったので,強い口調で檄を飛ばしたりしていました.なので,結果的に軋轢が生まれたり,うまくいかなくなったり.
誰の言葉なのかはわかりませんが,“Slow is smooth, Smooth is fast”を心がけています.ゆっくりでも着実に進むならそれが結局一番早い.手帳の一番はじめのページにも書いています.誰かを責めたりしても組織の雰囲気が悪くなるだけ.もう少しうまくやれたんじゃないか,という反省というか,前職の経験が今の自分にあるんだと思います.
上司の役割
丹野 部下との共通理解が拡がることで,仕事がやりづらくなったりすることはないですか.
中村 時に,チームの心理的安全性を阻害するのはチームの歴史だったりメンバーの経験だったり暗黙知的なことだったりすることがあります.知ってしまうことでお互いに言えなくなってしまう.その意味では,知りすぎていないのでやりづらくなることはまだないですね.あと数年経ったときには馴染んでしまうかもしれませんが,良い意味で馴染まないというのは大切にしていきたいと思っています.
丹野 マズローの欲求5段階説の中に承認欲求があります.この承認には自己承認と他者承認がありますが,中村さんはそれぞれどのように使い分けていますか.
中村 承認の部分はかなり気を配っています.部下と話をすると“ありがとう”と言われると嬉しいということをよく聞きます.自己承認できる人は自らモチベーションを高めることができる人.一方で他者承認を求める人は他者を介在しないとなかなかモチベーションを上げられない.モチベーションが変動するのは当たり前なので,モチベーションが下がっている部下に対しては無理にあげようとしないように気をつけています.無理にモチベーションを上げても持ち直すのは一瞬だけ.それよりも本人が納得した状態で動いてもらう方が結果的に強くなる.なので,もし辛そうな部下がいた場合は意図的に業務負荷を軽減します.共働きの家庭も増えていますし,色んな会社で起こりうることだと思います.時に,上司の立場から部下に対して少しドライに感じるようなアプローチをとったりすることもあります.けれどご自身で解決してもらう方が,長い目で見たときにとても良い状態になると思っているからです.他者承認でモチベーションを上げてばかりいると,耐性というか,“誰かにモチベーションを上げてもらいたい”という気持ちばかりになってしまう気がします.
丹野 中村さんにとって「上司の役割」とは何でしょうか.
中村 部下が本当に悩んだときに助けてあげられるかどうかだと思います.その意味では他者承認の耐性をつけさせない方がいい.
丹野 部下育成を部下に指導する上で気をつけていることはありますか.
中村 気をつけているかは別として,論理的思考は必須だと思っています.とにかく徹底して鍛えるようにしていますね.論理的思考に必要なこととして物事の構造を観ることと言語化することの能力ですね.
丹野 中村さんはどうやって身につけたのでしょうか.
中村 全くできていませんが(笑).学び続けることですね.インプットがないと引き出しが広がらないというか.なので部下にもなんでもいいから学ぶことを勧めています.
丹野 中村さんの学び続けるモチベーションの源泉は何でしょうか.
中村 知ることって楽しくないですか.私は,働くことが楽しくないといけない,というのが根底にあって.楽しくするのは自分自身なのでそのためには学ばないといけないって感覚がずっとあったので.楽しいことがモチベーションですかね.
取材を終えて
“何かに気づく”ことは,本人にしかできないことである.そして何かに気づくためには,起こった事象を感覚器官からメンタルイメージ(心像)として取り込むことと,そのメンタルイメージを言語化できるだけの知識,これらを支える意志が必要となる(山鳥, 2018).中村氏はコミュニケーションを通じて部下の気づきを支援しているように思えるがそれはどのようにしているのだろうか.会話におけるマニピュレーション*4がそのヒントになるのではないかと考える.三木氏は,会話をコミュニケーション(発語行為)とマニピュレーション(発語内行為)の観点から分析している(三木, 2022).おそらくだが,中村氏は一歩引いた状態でコミュニケーションを構造的に俯瞰し,“今,この場面に望ましいコミュニケーション”の構築を常に試行しようとしている,換言すると,コミュニケーションとマニピュレーションを良い意味で巧みに使いこなしているのではないだろうか.そうすることで,部下への気づきを促し,結果的にチームとしての価値総量の増加を目指していると考えられる.チームビルディングを促すための適切な,望ましいコミュニケーションは,チームやそのメンバーによって当然変わるだろう.時代の変化や社会の違い,外部環境にも左右される.しかし,置かれた環境において「望ましいコミュニケーションが何か?」を問い続け,模索し続けることはできる.中村氏への取材を通してコミュニケーションをどのようにデザイン筆者の中に浮かんできた考えである.
最後に,中村氏の言葉を添えておきたい.
「これまでのキャリアの中で,自分一人でできなかったことが大きいと思います.一人でできることは本当に限られているんだなって.だからこそ,「全体は部分の総和に勝る」ということを本気で信じています.1+1は2じゃない.みんなでやるともっと大きいことが出来る.そう信じています.」
参考文献
Edmondson, A. (1999). Psychological safety and learning behavior in work teams. Administrative science quarterly, 44(2), 350-383.
Tuckman, B. (1965). Team forming such as ‘what’s the best way to start and work together as a team?’ Team development such as ‘what do we need to improve. Psychological Bulletin, 63, 384-399.
久野和禎 (2018). いつも結果を出す部下に育てるフィードフォワード. フォレスト出版.
三木那由他 (2019).『話し手の意味の心理性と公共性』, 勁草書房, 304p.
三木那由他 (2022). 『会話を哲学する -コミュニケーションとマニピュレーション』, 光文社新書, 308p.
山鳥重 (2018).『「気づく」とはどういうことか ―こころと神経の科学』, ちくま新書, 256p.
著者紹介
中村 聡太
明治大学政治経済学部卒業,明治大学専門職大学院グローバル・ビジネス研究科(MBA)修了.大学卒業後,メーカー勤務を経て,ディベロッパー(鉄道)にて商業施設開発に従事.その後,研究分野であった小売業へ.実務家・研究者として経験を積む.研究分野においては,日本マーケティング学会2018にて「小売店頭における価値共創に関する一考察‐従業員と顧客の相互作用を中心に」でベストペーパー賞獲得.
丹野 愼太郎
同志社大学工学部卒業,2013年同志社ビジネススクール修了(経営学修士).産業ガスメーカー勤務,産業技術総合研究所を経て現職.製造業のサービス化に関する研究等に従事.
脚注
- チームビルディングは,一人では達成できない目標を達成するためにチームメンバーが一丸となるための組織開発方法のひとつである.
- Edmondsonは心理的安全性を作るリーダーについて,次の7つの行動を提唱している.
・直接話のできる親しみやすい人になる
・現在持っている知識の限界を認める
・自分もよく間違うことを積極的に示す
・参加を促す
・失敗は学習する機会であることを強調する
・具体的な言葉を使う
・境界(規範)を設け,その意味を伝える - 過去や現在よりも未来に目を向けて,その未来に向かって働きかけることで,より多くの価値,成果,幸福を生み出すことができるとする考え方,その技法.
- 会話を通じて相手の心理や行動に影響を与えようとする行為.三木は,Paul Griceの「意図基盤意味論」を批判しながら「共同性基盤意味論」を提唱しており,会話をコミュニケーション(=相手との約束事の積み重ね)とマニピュレーションに大別している.詳細は三木(2019)を参照にされたい.