はじめに
情報技術の急速な進展や作業効率化の推進により,私たちは自らの仕事のやり方の根本的な問い直しを迫られている.こうした状況への対応は,個人の努力のみでは限界があり,組織全体として構成員の経験や知識の活用,さらには業務プロセスの再構築を含めた新たな働き方のデザインが求められる.
この働き方とは本来,組織の上層部あるいは外部から一方的に提供されるものではなく,働く人自身が自ら希望をもって,その決定に参加することで形づくられる.そう考えてみれば,それは顧客や関係者と協働して価値共創を目指すサービスデザインの考え方と深く通じていると言える.しかし,仕事の現場にはそれぞれ,従来の慣れ親しんだ方法があり,その変革は容易ではない.
本稿では,製造業における新たな働き方としての知識伝承活動をデザインする共同研究プロジェクトに参画するメンバーの鼎談を紹介する.このプロジェクトは大きく2の課題で構成された.ひとつは,知識工学の専門家を中心に2019年頃から始まった構造化知識づくり.もうひとつは,2021年から始まった構造化知識を活用する知識伝承活動のデザインである.
今回の鼎談は,主に活動デザインの課題に知識工学,情報デザインをそれぞれ専門とするデザインチーム,材料・物性研究を専門とする企業チームが協働して取り組む過程での出来事に焦点を当てる.また,自身の専門とは異なるデザインのアプローチに出会い,このデザイン活動の意義を組織内に浸透させてきた企業チームの鎌田氏の発言に注目する.この鼎談を通じて,組織が広義のサービスデザインを実践しようとする際に参考となる態度や考え方を探りたい.
事例プロジェクトの始まりと成果
小早川:お集まりくださりありがとうございます.まず,知識伝承活動をテーマとするデザインプロジェクトがどのように始まったのか,ふり返りましょう.
鎌田:私の所属する研究所では,製造した機械のトラブル原因究明のための材料調査業務を行なっていますが,ベテラン従業員の減少や企業間連携の増大への対応が課題になっておりました.その対応策に頭を悩ましている2019年頃に,伊集院さんたちが研究されていた知識構造化という考え方に出会いました(伊集院ほか 2019).これを現場に応用できればベテランの暗黙知を炙り出して構造化して共有できるかもしれないと考え,連携を申し出たのが始まりです.
伊集院:これを受けて,私や小早川さんが御社に伺って,主に機械のトラブル原因究明のための材料調査業務に関わる従業員の方々と一緒に知識構造化ワークショップという取り組みを始めました(伊集院ほか 2021).今回の事例プロジェクトが始まったのは,その取り組みを1年程続けた頃だと思います.
私は以前,介護の現場で構造化知識(AI)を現場でどう活用するのか?について,デザインのアプローチで探るプロジェクトに参画していました(小早川ほか 2024).その経験から,今回も,知識工学のアプローチだけでなく,現場でのAI利用のコンテキストとなる新たな働き方を現場の人たちと一緒にデザインする必要があるだろうと考えていました.そのことを鎌田さんにお話しして,情報デザインと呼ぶ領域をつくってきた専門家たちを巻き込んで,このプロジェクトを立ち上げに至ったわけです.
鎌田:そういうデザインの分野があるのかと,最初は驚きました.僕らの分野(材料・物性研究)とは随分と異なるので,最初はプロジェクトをどう進めるのか見当もつきませんでした.その後,「まずは現場を見させてほしい.関係者の話を聞きたい.」というリクエストをもらい,実際にその活動に立ち会うなかで,その分野が人や現場の活動を重視するということが理解できたんです.で,ツールを開発するだけでなく「現場の仕組み全体」がデザインの対象になるということで,この共同研究の課題のひとつを「知識伝承活動のグランドデザイン」としました.
小早川:この課題は,デザインの成果が研究所での日々の業務に落とし込まれることを前提としつつ,少し未来のビジョンを描くというニュアンスが含まれていて,とてもしっくりきました.企業チーム側は,鎌田さんを含む研究メンバーだけでなく,事あるごとに他の従業員の方々にも参画いただきましたね.
鎌田:そうですね.業務にも様々なタイプがありますし,重要な知識を有しているベテラン勢には,なるべく参加してもらいたいと考えていました.また,それまでの活動は私のような管理者のリーダシップに依存していることが課題だったので,若手も含めてなるべく多くの従業員に関わってほしいと考えていました.
小早川:そのような体制での共同デザインの取り組みは2025年春に終了を迎え,現在はその成果の現場定着をはかっているという段階と思います.プロジェクトの過程について伺う前に,プロジェクトの成果について簡単に紹介いただけますか?
伊集院:一番の成果は,現場の人たちが日々の業務をふり返り,自分たちの「わかっていく」流れを見出す機会をつくり出すことで知識伝承活動を循環させようというグランドデザインのビジョンと思います(図1).

また,そのビジョンを実現する具体的なものを2つ作りました.ひとつは,現場の通常業務である「調査計画打合わせ」に,そこで行った議論を省察する(ふり返る)時間を設けるという活動プログラム.もうひとつは,その活動を視覚的に支援するWebアプリケーション「Knowing Board(KB)」のプロトタイプです(図2)(小早川ほか 2025;須永ほか 2025).KBは,従来の打合せで使われていたホワイトボードの役割をデジタルボードに発展させたものです.打合せ参加者の発話を発話単位毎にオブジェクト化して,配置し,さらにそれらをコピーして並び替えることができる機能(議論ピース機能)をもたせました.そのピースには,これまで鎌田さんたちがつくられた構造化知識とのリンクを付与できるようにしています.

鎌田:“ふり返り”については,スポーツの例がわかりやすかったです.例えばサッカーの試合の後には,その試合を分析する専門家が介入して「おまえのあそこの出方がちょっと遅かったね」とか,「ここは,あいつにパスを出そうと思ったんだ」とか言って,ビデオなんかを見てふり返りますよね.調査計画打合せは勝ち負けのあるスポーツとは異なりますが,僕らもそうやってふり返りを行えば,暗黙的なベテランの判断理由や観点が言語化されて再認識できるんじゃないかと.
伊集院:このプロジェクトでは主に,その当たり前と思われる議論の流れとその裏にある判断の理由や意図を,打合せを展開した皆さん自身が再認識することが重要と考えてきました.これは,デザインチームを先導してくれた須永剛司さんからのアドバイスに基づくものです.そもそもAIを活用するということは,自分たちの仕事における知的な部分を機械に代替あるいは支援させようというわけなので,その前提として自分たちの知的なところを現場の人たちが認識していることが必要だと.私は最初にそれを聞いたときはよくわからなくて,議論に置いていかれることもしばしばありました.
小早川:それは私も同じです.ただ,過去に似たような探究をしたことがあったので,それを参考に議論の入り口に立ちました.それは,ある表現ワークショップ(WS)のプロセスを視覚化した媒体をWS運営者がふり返り,そこからWSの実践知を見出そうという探索的な活動でした(小早川ほか 2011).
そうした経験もあって,今回のように議論を前に進めている知的な展開力を現場の人たちと探し出すには,とにかく知性が隠れている議論を見える化し,指を差して,その意味とはたらきを吟味できることが重要,という考えが確かなものになったと思います.さらに,その見える化を実現するには,ふり返りとKBが必要となったわけです.例えば,KBのピースには生成順に番号が振られていきます.議論の流れを参照しつつも発話の分類やそれらの関係を視覚的に整理しやすくするための機能です.
ただ,それら機能の意味やふり返り活動のやり方について,デザインチームが提案前に答えを持っていたわけではありませんでした.一緒に探しましょうというスタンスでプロジェクトを進めてきました(図3).

伊集院:実際に行われた議論の内容を用いてふり返りを試みてみたら,終わったと思っていた計画の議論が再燃したり,業務分析のようになって反省に終わったり,自己理解であったり.一言で「ふり返り」と言っても色々なタイプあることがわかってきましたよね.その過程で,作業手順が書かれているような既存のマニュアルを構造化したものを利用するだけでなく,僕らが目的指向知識(伊集院ほか 2022)と呼ぶ,熟練者の観点に関する新たな知識体系の必要性にも気づかされました.それを今回の成果に連結していく部分は今後の課題ですが.
鎌田:今仰られた,自分の観点の見出し作業は面白かったです.デザインチームに促されながら,自分が参加した議論をふり返り,主に「私は,何を思ってこの発言したんだ?」を発話と発話の間に付け加えていきました.すると,その議論の中には,当該業務の依頼主の期待を越えたいという思いで発言しているものもあれば,対話している相手との関係をうまく構築するための発言もある.議論している時はそんなことを考えて発言しているわけではないのですが,実は自分はこういう観点を持っていて,それを行き来させながら仕事を前に進めているのだと気づくことができました.参加してくれた他のメンバーも同じように自己理解が深まったようです.
全ての打合せに,こうした活動を導入することは難しいと思いますが,われわれがじっくり見てみたい案件を選んで,年に数回でも行えたらよいのではないかと考えています.
外部の視点を通して「当たり前」を発見する
伊集院:このプロジェクトの過程で,どんなことが鎌田さんの印象に残っていますか?今回のプロジェクトを進める中で話には出ていたと思いますが,改めて伺います.
鎌田:いろいろあります…プロジェクトが始まってすぐに,長崎で調査計画打合わせの様子を見ていただいた時のことが印象に残っています.デザインチームが,我々の仕事の中には“学び合う文化”があると言ってくれたことに驚きました.僕らはそれまで,知識伝承というとベテランが若手に伝えるという一方向と理解していたので,観点が違うなと.でも,打合せをどうやっているかなんて「当たり前すぎて」考えたことはなかった.クリエイティブだと言われて,恥ずかしかったです.
小早川:そうでした.あの時は,作業場にあるサンプルを目の前に置いて,皆さんが立って打合せをすることに私たちも驚きました.しかも,専門の異なるベテランも中堅も一緒になって知恵を総動員して議論していた.クリエイティブな協働活動に見えたし,まるで探偵集団のようだとデザインチーム内で話した覚えがあります.
伊集院:僕はそこに参加できなかったのですが,メンバーから「調査計画打合せの中に知識伝承が起きている,と考えられそう」という報告を聞いて,もしそうであればこのプロジェクトはその活動を何らかの形で支援する方向になるなと思いました.それが打合せでの議論をふり返る活動を新たにつくるという方向性…いわばグランドデザインにつながった.その提案をしたのが,プロジェクトが始まって半年,2021年11月頃の話です.
鎌田:打合せの最中に,立場に関係なく個人として学んでいく,というのはなるほどと思いました.よく考えたらその通りですが,あまりその発想がなかった.
さらに,グランドデザインのビジョン(図3)をみて,イメージが広がりました.これまでは,ベテランから重要な知識が出たら「これ読んでおいて」とか「このマニュアルに書いたから,これで勉強しておいて」と言うことが多かったので,どちらかというと個人任せでした.だから,勉強する人は成長するのですが,当然しない人もいて.せっかくのベテランの知識も,うまく自分のものにならないというところがありました.
示されたビジョンは,断片的な1対1の知識ではなくて,その知識がどうやって出てきたかという流れを追いながら議論をふり返る.そこに,お互いに考えたことを疑似体験するような,そういう場がつくられる.そうすると,単にマニュアルを読むよりも,自然と自分の血となり肉となるよ,というような提案をつくれたかなと.さらに,それを組織に広げていく.これが本当にできたらすごいな,と思った記憶があります.
小早川:このビジョンを具現化するためには,みなさんの協力は不可欠でした.そのため,お忙しいのを承知で,デザインチームから次々と作業などお願いすることもありました.その中で,私たちはデザインに活かせることを色々知ることができ,また現場の人たちとの関係を築けるなど,よいことがたくさんありました.現場の皆さんはどうだったのでしょう?
鎌田:どうなのかな.多分,参加してくれた人たちも,異分野の人たちから色々と話を聞けるので,さまざまな気付きはあったのかなと思います.
特に今回,我々は褒められ続けたと思うんです.それで「わあ,俺らってすごい組織だったんだ」って思いましたね.自分たちの当たり前が,実は外から見たら,当たり前ではなくて.学び合う文化があるって言われて,徐々に自信をつけてきたという気はします.
伊集院:デザイナーって良いところを見つけようとしていますよね.そこから良いものをつくりたいから.毎回,そのような姿勢を感じます.
異なる専門をもつ相手の探究方法を受け入れる
小早川:その異なる人たちのもっている「異なるところ」をもう少し詳しくお話しいただけますか?
鎌田:グランドデザインを検討していた頃に僕がある打合せについて書いた議事録に対して,デザインチームから宿題が出ましたよね.そこでの議論について,僕なりの意図や解釈をレポートせよ,というもの.それを渡したら,デザインチームがそれを図解してくれたんですよね(図4).そのやりとりをしている時に,デザインチームからは“人の気持ち”とか“モチベーション”とか“喜び”とか,そういう言葉がよく出てきていたので「(僕らとは)ちょっと違う見方をされているのかな」と思いました.そういう意味です.

伊集院:たしかに,デザインのアプローチでは行動や発言の裏側にあるような人の内面を扱う.しかも,今回は顧客のことでもない.そういう視点や作業は,研究所の中にはないですよね.
鎌田:今まで僕らが扱ってきたのは現象中心,物理現象が中心です.この現象を証明するためには,これとこれとこれをやればいいんだと.こういう考え方と今回デザインチームと探究した「この発言は,誰がどんな思いでなぜ言ったのか?」という話は,正反対のところにあると思います.
例えば,先ほどレポートにした打合せでは,ベテランのO氏がわざと中堅のWさんに試すようなこと言っていました.僕なんか,それも分かってはいるのだけど,それが「自分たちの議論を前に進めるための知恵」という見方はしていなかった.そのことをデザインチームに言われて,「なるほど,そういうふうに考えるんだ」と思いました.
伊集院:そうしたデザインチームのやり方を受け入れることに難しさはなかったですか?例えば,プロジェクトが2年目に入った頃に,このプロジェクトの射程を打合せ以外のところにも広げようという話になりましたが,その時にデザインチームから出たのは,材料調査を実施している現場を見学し,作業者とも対話したいというリクエストでした.あれなんか,結構大変なことだったんじゃないかと.
鎌田:はい.弊社の場合,機密情報も多いですし,見せられない物には,ブルーシートをかぶせたり,見学の時間には機密情報には関係のない作業をしてもらうなど,多少手間がかかりました.でも,作業の状況を観察いただければ,また何か出てくるのではないかと思って,周りを説得しました.
小早川:それはすみません.調査というより今の現場にある仕事の流れや状況はどんな感じかな…と.あの時は,会議室とは違った従業員同士の距離感が伝わってきました.探究する現場の形が見えたことが,ツールデザインのヒントになったと思います.
鎌田:そう.作業とかのプロセスを調べている感じではなかったですね.見て回りながら,雰囲気を感じ取られているのかなと思いました.時々,誰かにボソボソって質問されてもいましたね.
伊集院:僕はその時に初めて,ベテランのYさんが過去に調査した材料のサンプルを保管していることを知りました.彼とはそれまでにも喫煙所で色々話すことがあったのですが.で,保管の理由を聞いてみたら「昔こういう失敗したから残してる」って話してくれました.話してくれたことが嬉しかったですね.知識はこういう語りの中に出てくるライブなものなんじゃないかなと思いました.
小早川:会議室でのヒアリングでは,そういう話は出てこないですよね.そもそも,サンプルを保管しているかも…などとは思い浮かばない.
鎌田:そうした人中心の考え方は,グランドデザインの提案時にも感じました.あの時,須永さんが理想だけでなく「今やれること」を提案してくれましたよね.打合せを10分間延長させて,ふり返りの時間をつくることなどです.それは僕らだけでもできるなと思い,すぐに取り組みました.それで,これはいいなと実感しました.そうした人を中心に据えるという考え方は,このプロジェクトを通して随分と勉強させてもらったと思います.
小早川:デザインチームがとっている方法は「描く」こと(須永ほか 2025)なのですが,この方法はデザインチームだけのものではないということに今回気付かされました.鎌田さん,ホワイトボードに絵を描いてくれた時がありましたよね.私としては,おお,鎌田さんも描いた!みたいな感じで嬉しかったです.
鎌田:はい.須永さんの図解とか絵に感動して,真似て描き始めました.なかなかうまくはいきませんけれど.自分にとって,そういう新しいことができるプロジェクトだったことが良かったのかもしれません.
コンサルタントに間接的に支援してもらうのも良いとは思うのですが,本当にうまくいかせるためには,自分たちがデザイン思考を身につける方が近道かなと,僕は思っています.
変化に対応できるプロジェクトを設計する
小早川:鎌田さんのプロジェクトへの参加の度合いが深まっているのを感じます.他方で,プロジェクトの後半に何度か行ったオープンスペースでの発表会には,いろんな人が参加してくれました.こちらも,徐々に我々の存在…というか取り組みが研究所内に浸透してきたおかげなのかなと思います.こうした取り組みを進めたり,あるいは組織内で認知してもらったりするのに,誰に,どのタイミングでどう関わってもらうか?といった体制づくりは,どうされていましたか?
鎌田:最初は,組織の中でも上の人たちに参加してもらおうとしていました.冒頭にご紹介した知識構造化の取り組みへの評価がよかったので,アドバイスをもらい,合わせて信頼を得ていくことが大切と思っていました.
小早川:なるほど.確かに最初は上の方々と議論する機会が多かった印象です.その後,登場人物は徐々に現場の人たちへと変わっていきました.
鎌田:はい,途中で僕の意識も変わったと思います.ちょうど,退職間近のベテランYと20代の若手Nのペアがいたので.特に,Nさんは,Yさんの知識や知恵を,あと1年しか吸収する期間がない.だから,いかに頭に叩き込むか必死でした.だから,このプロジェクトには絶対参加したかったと思います.
小早川:ベテランYさんと若手Nさんは,今回のプロジェクトでは重要人物でした.Yさんに初めて会ったのは知識構造化ワークショップでしたが,その時に「僕の知識は古くていらなくなる.そんなものを貯めて意味あるの?」と言われたことが忘れられません.その後,私たちの取り組みを,どちらかと言えば周縁で見てくれていた感じ.それが,プロジェクト後半で内側に入ってきてくれましたよね.
伊集院:そう,プロジェクトの2年目だったかな.KBの機能をドキュメント制作支援まで広げたプロトタイプを現場の人たちに使ってもらった時に,Yさんが皆さんの前で「(このプロジェクトは)便利道具を作るんじゃないよね」と発言しましたよね.僕は,そこまでしないと現場の方々は使ってくれないと思っていたので,あの意見表明はとても有り難かった.
小早川:あの言葉は核心を突いているようで私はハッとさせられました.その頃から,YさんやNさんとの距離が近づいたと思います.さらに,最終発表会では,彼らが,研究所のみなさんに向けて話をしてくれたので,外部にいる私たちが話すよりも関係者の皆さんに伝わるものがあったのではないかと思います.
それにしても,プロジェクト全体をふり返ると,かなり多くの方々がいろんな形で参加をしてくれましたよね.その時々で,鎌田さんが鼻をきかせつつ,都度その人たちへ声をかけてくれていたのですよね?その柔軟さがすごいなと思います.
鎌田:最初から,がちがちに決めてしまうと難しいですよね.いつまでにこうやって,次までにこうやって,これは誰と誰がやって…という綿密な計画立てるよりも臨機応変にやらないと駄目なんじゃないかなと思います.というのも,今回は僕らが得意とする物相手ではなく人相手でしたから.相手が右と言うか左と言うか分からないのだから,割と緩くやったほうがいいのではないかと思っていました.どこかで小さく試してやって,失敗してもいいから,小規模にやってみて,うまくいけば大々的にやるとか,そういうステップを踏まないと難しい.
伊集院:それは,個人ができるかどうかだけではなくて,組織がその枠をつくれるかどうかにかかってきますよね.
鎌田:そこが難しいところだと思います.計算で答えられるような話ではないので,失敗もあり得る.だから,実際に物を作って,お客さんに納めるものを行っているところでは難しいと思います.
小早川:失敗したくないという思いや失敗できない状況があると,うまくいく手法や型を探して,それを使って実践しようとしがちになるのですかね.
鎌田:その気持ちもわかりますが,そんなに簡単なものじゃないですよね.型に従ってやってみるっていうのはよいのですが,それが正解かどうかは疑わないと駄目だと思います.そうしないと,自分で考えなくなってしまう.このプロジェクトは,そういう型は何もなく,常にあれこれ考えながら都度発見的に進めてきた.その意味で,よい経験をしたのだろうと思います.
自分にできることを行いながら一緒に悩む
小早川:最後に,今回のようにデザインのプロジェクトをやろうとしている人に向けて,アドバイスをお願いします.
鎌田:自分の言えることは「自分がやれることはやる」でしょうか.そして,その「球を早く返す」ことが重要と思います.そもそも自分がやれないから組んでいるので,自分で球をじっと持っておかないで,自分でやれる範囲での作業などは,さっと終わらせてデザインチームにお預けする.遅いより早い方がいいですよね.
小早川:たしかに.これまで,デザインチームから結構な無理難題をお願いすることもあったのですが,鎌田さんがすぐに応答してくれるので,私たちがお待たせすることの方が多かったように思います.
鎌田:デザインチームのみなさんはじっくり考えてください.そんな気持ちで球をお返ししていました.自分にはできないからですね.
伊集院:珍しいと思います.異なる専門をもった者同士だったら,とりあえず別々で考えてきて,別々でやっちゃいましょうみたいなことが起きがちと思うのですが.それが,このプロジェクトは互いに「こんなのやってみました,どうですか」といった具合にやりとりしていました.
鎌田:球を返す時は,無駄になってもいいやぐらいの気持ちでいました.ただ,実際には申し訳ないぐらい全部細かく見ていただいた.それで,図解や絵がたくさん出てきたりして,それを見ながら一緒に悩むんですよね,自分も.おそらく,悩みに対する解決のアプローチが一緒な人間同士だとぶつかるでしょうが,全然違うアプローチが出てくるから面白いんだと思いますよ.そういう議論自体が楽しかった.僕のモチベーションは“楽しい”ですね.
小早川:楽しいと言ってくださるのはとても有り難かったです.他方,このプロジェクトを紹介すると大抵,参加者のモチベーションをどうつくり,維持したのか?といった議論が出てきます.それについてはどうですか?
鎌田:モチベーションって人に与えられるものじゃないですよね.だから,当事者以外がモチベーションをどう保つかを課題にするのは,ちょっと変かもしれない.モチベーションが不要というわけではないのですが,本人が自分でつくり出すものだと思います,本当は.だから,本人に聞かないと分からない.
伊集院:鎌田さんがデザインチームとのやりとりに楽しみを見出してくれたように,参加してくれた人それぞれがモチベーションを見出した可能性はありますね.それはぜひ聞いてみたいです.
小早川:そうですね.モチベーションが生じたり変化したりするタイミングや状況,その理由について見つめてみると面白そうですね.これまでのプロジェクトの過程をこれから分析するのが楽しみです.今日はいろいろお話しくださり,ありがとうございました.
おわりに
お二人との鼎談内容をもとにした原稿執筆を担当した小早川の所感を記して,本稿のまとめとしたい.
本鼎談をとおして,広義のサービスデザイン実践における4つのtipsが見出された.
a. 外部の視点を通して「当たり前」を発見する
b. 異なる専門をもつ相手の探究方法を怖がらずに受け入れる
c. 変化に対応できる柔らかいプロジェクトを設計する
d. 自分にできることを行いながら一緒に悩む
特に印象的であったのは,鎌田氏の「自分がやれることはやる」という信念である.この言葉だけを聞くと,それは自分の役割を全うするという意味と受け取れる.しかし,実際の鎌田氏の行動と照らし合わせてみると,鎌田氏は単に役割をこなすのではなく,デザインチームとの関わりによって自らの「やれること」を見つけ,その幅を押し広げている.
そして,その契機をつくっているのは,今回tipsとして見出された態度や考え方である.鎌田氏自身が学ぶことで,同時にプロジェクト全体も成長していったように思う.そのように捉えてみれば,サービスデザインの実践や組織への浸透とは,参加者たちの成長と切り離せない動的なものと見ることができる.
今後,デザインチームの学びにも着目して本プロジェクトをふり返り,そこに起こる学び合いの構造やその意味を明らかにしていきたい.
参考文献
伊集院幸輝,小早川真衣子,飯野なみ,西村拓一,作業手順内の行為の目的を表出し構造化する方法の提案―介護現場での目的指向知識構造化,情報処理学会論文誌,1882-7764,2022.
伊集院幸輝,小早川真衣子,鎌田政智,石井翔太,西村拓一,点検サービスにおける熟練者知識の構造化,人工知能学会全国大会論文集,JSAI2021巻,セッションID 2H4-GS-3c-0,2021.
伊集院幸輝,小早川真衣子,西村悟史,西村拓一,作業フローチャートを活用した目的指向知識の構造化手法の提案,人工知能学会第二種研究会資料,2019.
小早川真衣子,須永剛司,伊集院幸輝,鎌田政智,西村拓一,知識伝承のための省察活動プログラムと道具のデザイン-製造業におけるAI利活用のコンテキストを形づくるプロジェクト,日本デザイン学会第72回春季研究発表大会,2025.
小早川真衣子,須永剛司,岡村綾華,伊集院幸輝,岩岡淳,西村拓一,介護者が介護の知に気づくためのツールと活動のデザイン,日本デザイン学会 デザイン学研究 作品集,Vol.28,日本デザイン学会,2024.
小早川真衣子,高見知里,原田泰,須永剛司,表現活動後に体験する「ふり返りの場」のデザイン,日本デザイン学会研究発表大会概要集,2011,58巻,日本デザイン学会 第58回研究発表大会,セッションID P22,p.147,公開日 2011.
須永剛司,小早川真衣子,伊集院幸輝,西村拓一,鎌田政智,創造するデザインを駆動する「描く」という方法–製造業における知識伝承活動づくりを事例に,サービス学会第13回国内大会,2025.
著者紹介
小早川 真衣子
千葉工業大学 先進工学部 知能メディア工学科 教授
2019年東京藝術大学大学院修了(博士(美術)).多摩美術大学,愛知淑徳大学CCC,産業技術総合研究所人工知能研究センター勤務を経て, 現職.社会的デザインの実践と方法論の研究に従事.
鎌田 政智
三菱重工業株式会社総合研究所FIC(ファクトリーイノベーションセンター)サービス技術開発室 マネージングエキスパート
1986年九州大学大学院工学研究科修了(博士(工学)).三菱重工(株)長崎研究所に入社後,金属材料に関する研究開発などに従事.同社総合研究所・材料研究部長を経て現職(再雇用中)
伊集院 幸輝
北陸先端科学技術大学院大学トランスフォーマティブ知識経営研究領域 講師
2019年同志社大学大学院理工学研究科修了(博士(工学)).産業技術総合研究所を経て現職.熟練者知識の伝承・共有・活用に関する研究などに従事



