はじめに
コロナ禍が続いている.日本では2020年1月15日に最初の感染者が確認されてから2021年11月7日時点で1,724,200人の感染者,18,310人の死亡者が確認されている*1.
緊急事態宣言もこれまで5回発令されている.この発令による経済活動への影響も大きく,日銀短観を見る限り2020年第2四半期を底に回復基調にあるものの業況は低調である*2.
製造業を対象とした「我が国ものづくり産業の課題と対応の方向性に関する調査報告書*3」でも,売上高・営業利益とも“前年同時期より減少”したと回答した割合が50%を超えており,好況を実感するにはまだ時間がかかりそうである.
とはいえ,何もせずに手をこまねいているわけにはいかない.コロナ禍という現実を直視し,新たな一歩を踏み出している企業も多い.誰もが経験したことのない環境下に置かれたことで,人々の意識に変化が起こっている.これは製造業においても同じである.
本稿では,産業技術総合研究所と明治大学が主宰する製造業のサービス化コンソーシアム(詳細は後述する)が毎年実施している「日本の製造業1,000社調査」の分析結果から,コロナ禍による製造業のデータ利活用に関する意識の変化と,今後求められる人材の変化について考察する.
製造業のサービス化コンソーシアム
産業技術総合研究所と明治大学を主催者とする製造業のサービス化コンソーシアムを2015年10月に設立した.サービス経済化の流れの中で,製品志向,技術志向からサービス志向にビジネスを転換しようとする国内製造業を支援することをコンソーシアム設立の目的としている.
本コンソーシアムでのサービス化の定義
「Servitization(製造業のサービス化.以下,サービス化)」という言葉は30年以上前から使われており,時代とともにその意味するところも変化している.Vandermerwe & Rada(1988)は,顧客にとっての価値はサービスによって生み出されることから,製品販売だけでなくサービスを付加することの重要性を指摘した.Oliva & Kallenberg(2003)は,サービスの重視点が製品側か顧客側かによってサービス化の段階を論じている.また,Baines & Lightfoot(2013)は,モノの提供行為に価値を置く「Base Service」,製品の能力を引き出すための「Intermediate Service」,製品使用に基づく機能提供を中心とした「Advanced Service」の段階があるとしてサービス化を分類している.
本コンソーシアムではサービス化を,ステークホルダー間での相互作用によって生まれる共創価値(戸谷 2016)を考慮した「企業と顧客との資源統合プロセス」としている(C.コワルコウスキー,W.ウラガ,戸谷,持丸 2020).また,企業の視点の違いによってサービス化を4つの段階に分けている(4段階のほか,「サービス提供なし」を別に設けている).
第1段階は,製品販売につなげるサービスを提供している段階である.この段階では,企業の視点は製品販売の増加に向いている.例えば,製品を機能させるための製品設置サービスやセットアップ,顧客毎に製品機能を合わせるための製品カスタマイズ,製品の使い方の改善といったサービスがある.これは,顧客毎に最適な製品利用方法を提案するサービスを提供することで製品販売につなげるというものである.
第2段階は,顧客に製品を継続使用してもらうことで収益を図る視点である.この段階は,企業が顧客との長期関係を維持することを目的としている.主なサービスは,長期間稼働する完成品を製造する企業が提供するフルメンテナンスや予防保全サービスである.
第3段階になると視点が顧客へ移り,顧客にとっての価値向上を目的とした段階となる.この段階になると顧客との相互作用がより強いものとなり,顧客の生活や業務の質を向上させるサービスの提供を行う,
第4段階においては,顧客を含めた社会全体を向いた視点となる.この段階のサービスは,顧客の新たなビジネスを生み出すようなイノベーション創出につながるもので,経営コンサルティングやプラットフォーム提供サービスが該当する.
サービス化段階が高くなるほど,より高度なサービス提供が求められるが,企業の戦略によって段階の進み方は様々である.例えば,第1段階から順に進んでいく企業もあれば,一足飛びに進む企業もある.移行のしかたは企業次第だが,段階によって移行の難しさは異なる.特に,第2段階と第3段階との間には大きな壁が存在している.視点の違いを見てもわかるとおり,第1段階と第2段階は製品にサービスを付加しているのに対し,第3段階と第4段階では顧客のビジネス価値向上のための製品とサービスを組み合わせたソリューション提供している.すなわち,サービス・インフュージョン(Service Infusion)とサービス化との違いである(戸谷2021).
日本の製造業1,000社調査
本コンソーシアムでは,日本国内の製造業を対象とした「日本の製造業1,000社調査」を毎年実施している.本調査の目的は,国内製造業におけるサービス化動向,業界毎のサービス化の障壁や共創価値の度合いなどの特徴を見出し,サービス化志向の製造業の支援の一助とすることである.調査項目は大小あわせて200を超える.例えば,サービス化段階を測定する項目やサービス化に対する認識,阻害要因に関する項目のほか、事業を行っている業種およびその中での売上高最大業種を聞いている.当該調査は2016年度からこれまで5回行われてきた.
対象企業は企業情報データベースから無作為に抽出している.従業員数21名以上の製造業(総務省日本標準産業分類に基づく飲料・食品,化学,機械,金属,電機,印刷・パルプ・木材,輸送用機器の7種)および情報通信業を加えた8業種を抽出し,経営層に郵送依頼,Web回答を依頼している.企業経営者・役員による回答は75%を超えている.これまでの回収数と回収率は図表1の通りである.
本稿における分析対象
コロナ禍でのデータ利活用状況やサービス化に必要とされる人材の変化を考察するため,2019年度と2020年度の2期連続で調査回答した製造企業531社(大企業18社,中小企業513社)を考察対象とした.
これまでの分析の結果,サービス化段階とデータ利活用状況においては関係性が示唆されていることから,本稿では回答企業が自社の中で売上高が最も高い事業と回答した「売上高最大業種」を切り口として考察する.売上高最大業種の19年度/20年度の変化(図表2)をみると,531社中475社は同一業種である.売上高最大業種が変わった企業56社のうち,金属,機械,輸送用機器の3業種間で34社を占める.これらの業種は金属を素材とした製品を製造することから業種間の親和性も高く参入しやすい業種であることから短期間に移行していることが想像できる(企業情報データベースにおいてもこれらの業種で重複登録されている企業が多いことが筆者らによって確認されている).
このことはCOVID-19以前の調査でも確認されており,“コロナ禍だから移行した”ということが大きな要因ではないと考えられる.
COVID-19拡大前後のデータ利活用の変化
本章では,データ利活用に関する項目についてみていきたい.本調査では以下の3つのデータを対象として取得の有無,取得方法,成果を訊いている.
- 顧客接点関連データ:客とのコンタクト・交渉・購買履歴など
- 自社製品稼働状況データ:自社機器の稼働状況や自社製品の利用状況など
- 従業員社内移動データ:自社オフィスまたは工場内従業員の移動など
データ取得の有無
データ毎の取得状況(図表3)を見ると,3つのデータとも「すでに取得・保管・活用」している企業が増えていることがわかる.中でも,顧客接点関連データの取得割合が最も高く(46.1%(2019年度),70.6%(2020年度),(以下同様)),次に,自社製品稼働状況データが多い(29.9%→48.0%).売上高最大業種別にみても,全ての業種で取得割合が向上している.これは,昨今のビジネス環境の変化や,国や地方自治体によるデジタル化・DX(デジタルトランスフォーメーション)の導入支援も関係していると考えられる.
業種別では,特に飲料・食品の変化が大きい.自社製品稼働状況データでは29.5%→54.1%,従業員社内移動データでは4.9%→26.2%と,2つとも他業種と比べて最も高い割合となっている.この業界は,消費者の体内に入るものを製造していることから,COVID-19によって,不純物等の混入や付着の追跡のためのデータ取得ニーズがより増加しているのかもしれない.
データの取得方法
データ取得は増加しているが,取得方法についてはどうだろうか.3つのデータとも直接対面が件数,割合とも増加している(図表4).一方,紙媒体やWeb/Appは,件数は増加しているものの割合は減少している.IoTによる自動取得については,顧客接点関連データと従業員社内移動データは紙媒体やWeb/Appと同様の傾向であるが,自社製品稼働状況データは30社(18.9%)→21社(8.2%)と件数・割合とも減少している.
情報通信白書においても2020年度のIoT導入割合は2019年度より減少していることが報告されている*4.IoTを導入しない理由として「導入すべきシステムやサービスがわからない」,「使いこなす人材がいない」という声がある.IoTを導入するには設備コストだけではなくサービス継続のための運営コストや人材育成コストも考慮しなければならず,先端技術でも企業にとってコストを上回るメリットがなければ導入されない.このことは本調査回答企業も同様であろう.データ取得の必要性は理解しつつ,コロナ禍で収益が減少している中,データ取得コストを少しでも抑えたいと考えている企業が多いのではないか.コストという面ではアナログ的な手法でも同じである.直接対面によるデータ取得はその後のデジタル化に手間やコストがかかる.現在はOCR技術や自然言語処理技術の向上によって負担は減っているものの,変換後の都度確認はどうしても避けられない. コスト以外にも“他社へのデータ流出の懸念”を理由に顧客側が機器メーカーの提案するIoT機器を導入しないことも考えられる*5.いずれにしても,データ提供に見合う価値を得られないのではないかという懸念から,導入がすすんでいないと推察する.
データの取得方法はそれぞれメリット/デメリットがある.ただし,取得したデータを使わなければ,意味がない.データの活用目的を明確にして,取得方法を選択することが望ましいだろう.
データ利活用の成果
データを利活用することで,どのような成果につながっているのか.本調査では,「新製品・新サービス開発」,「売上増加」,「コスト削減」への効果について訊いている(図表5).
2019年度では,顧客接点関連データの利活用成果で最も高かったのは売上増加,自社製品稼働状況データと従業員社内移動データではコスト削減であった.ところが,2020年度ではすべてのデータで売上増加が最も高くなっている.
コスト削減については自社製品稼働状況データ(3.60→3.49),従業員社内移動データ(3.94→3.65)の2つで低下している.このことについて,データ利活用の成果が出ていないということではなく,成果のインパクトが弱まったと考えられる.自社製品稼働状況データや従業員社内移動データは,生産ラインの稼働適正化,メンテナンス周期の適正化といった業務効率化に向けた活動との親和性が高い.またこれらは製造業が長年取り組んでおり,改善が進めばインパクトが弱くなるだろう.
業務効率化へのインパクトの減少と,コロナ禍による売上高減少を防ぐためにデータ利活用のあり方を変えたのかもしれないが,この点については今後も注視していく必要がある.
求められるサービス人材の変化
本章ではこれからの製造業に求められる人材についてみていきたい.
図表6は分析対象企業の「サービス化認識」,「主力製品」,「業界」,「従業員(人材)の状況」,に関する設問の平均値である.
サービス化認識を見ると,「全社的にサービス化必要(3.61→3.66)」,「経営層サービス化積極推進(3.19→3.25)」については大きな変化は見られないが,「サービス化は親会社・主要取引先次第」が2.72→2.52と“サービス化戦略を自社で決められる”方向へ変化している(p<0.05).
主力製品については,「技術面での他社製品と一層の差別化必要」が4.41→4.28と必要性認識が低下している(p<0.05).「顧客ニーズ未充足」は2.99→3.13となっており,顧客ニーズ未充足の意識が高まっている(p<0.05).「類似製品との価格競争陥落(3.76→3.77)」,「製品とサービス提供の組み合わせ必要(3.89→3.89)」は高止まりしている.
業界については「新サービスに必要な取引先が見つからない(2.88→3.06)」という認識へと変化している(p<0.05).
コロナ禍によって,顧客ニーズを充足するためにサービス化の必要性を感じ,親会社や主要取引先の意向を気にせずにサービス化を進められる環境下にあるものの,そのためのパートナーが見つからないというジレンマに陥っている.経営層の意識はこのような状態に陥っていることが示唆される.
経営層から見た従業員に対する認識はどうか.「新サービスの管理・提供可能人材がいる(2.44→2.61)」は人材不足感の改善がみられるものの十分とはいえないだろう.また「新サービスの設計・開発・立上げ可能人材がいる(2.39→2.51)」は人材不足の認識は強いままを示す.また,経営層は自社の従業員が,“顧客にとってのサービスの価値をうまく説明できないのではないか(3.00→2.90)”と思っていることがわかる.
これらの結果から,サービス化戦略を実行するための①新サービスの設計・開発立上げ人材の不足,②新サービスの管理・提供人材が求められていることは明らかである.問題はどうやって獲得するかである.サービス化は顧客との資源統合プロセスであり,サービス設計に顧客視点は必須である.しかし,多くの製造企業はサービス設計の経験が乏しいことと,経験していても製品視点で設計されていることが多い.
経営層にサービス化を必要としているにも関わらず,これほどサービス人材が不足しているということは,サービス人材を育成できる製造企業はかなり限られているのではないか.であれば,外部からの人材採用も視野に入れるべきだが,“サービスビジネスに必要なリソースの外部からの獲得”に積極的な企業は少ない(2.63→2.63).内部で育成できないのであれば,外部人材の積極採用へ方針転換する覚悟が経営層に求められるだろう.
おわりに
本稿では,製造業のサービス化コンソーシアムが実施している日本の製造業1,000社調査の分析結果から,コロナ禍における日本の製造業のデータ利活用状況の変化,そして必要となる人材の変化について述べた.
コロナ禍においてもデータを収集・保管・活用する製造業は増加しており,今後,さらに増えることが予想される.また,データの利活用についても単なるコスト削減ではなく,売上増加や新製品・新サービス開発につながっている企業も増加していることから,サービス化志向の企業の増加にも期待したい.
データ取得方法においては直接対面での取得は増加しているがその他の手法は低下している.手法によってメリット/デメリットはあるものの,取得コストだけで手法を選択しないことを願いたい.“顧客にとっての価値”を創出するためにデータ取得から利活用までをひとつのプロセスとして取り組んで欲しい.
サービス化戦略に必要な人材の不足は大きな懸念である.サービス設計の経験に乏しい製造企業が,自社でサービス人材を育成することは極めて困難であり,外部からの積極採用も視野に入れるべきである.
2020年度の調査は一年ほど前であり,これまで親会社や主要な取引先の意向に従ってきた企業であっても,サービス化戦略を自社で決められる環境へと変化して1年が経過しようとしている.
これからの製造業に一番求められるべき人材は「顧客にとっての価値を理解し,サービス化への変革を意思決定できる経営者」である気がしてならない.
参考文献
SandraVandermerwe and JuanRada (1988). “Servitization of business: Adding value by adding services,” European Management Journal, Vol.6(4), pp.314-324.
Rogelio Oliva and Robert Kallenberg (2003). “Managing the transition from products to services,” International Journal of Service Industry Management, Vol.14(2), pp.160-172.
Baines, Tim and Howard Lightfoot (2013). Made to Serve: How Manufacturers can Compete Through Servitization and Product Service Systems. John Wiley and Sons.
C.コワロウコフスキー, W.ウラガ,戸谷圭子,持丸正明(2020).「B2Bのサービス化戦略 ~製造業のチャレンジ」,東洋経済新報社.
戸谷圭子(2016).“共創価値測定尺度 –FKE value model”,サービソロジー,Vol.3(2),pp.32-35.
戸谷圭子(2021).“サービス化の本質 〜顧客価値の実現”,製造業のサービス化Zoomセミナー,製造業のサービス化コンソーシアム,オンライン.
著者紹介
丹野愼太郎
㈱マーケティング・エクセレンス コンサルタント.同志社大学工学部卒業,2013年同志社ビジネススクール修了(経営学修士).産業ガスメーカー勤務,産業技術総合研究所を経て現職.製造業のサービス化に関する研究等に従事.
戸谷 圭子
明治大学大学院グローバル・ビジネス研究科教授.筑波大学大学院経営・政策科学研究科博士課程修了.博士(経営学).専門はサービスマーケティング.サービスにおける共創価値尺度の開発,製造業のサービス化研究に従事.
持丸 正明
産業技術総合研究所人間拡張センター 研究センター長.1993年,慶應義塾大学大学院博士課程生体医工学専攻修了.博士(工学).専門は人間工学.人間の身体特性,行動と感性の計測とモデル化,サービス工学研究に従事.
渡辺健太郎
2005年東京大学大学院工学系研究科精密機械工学専攻修士課程修了.民間企業勤務を経て,2012 年首都大学東京大学院システムデザイン研究科博士後期課程修了後,産業技術総合研究所.現在,同研究所人間拡張研究センター所属.博士(工学).専門は設計工学,サービス工学.サービス設計方法論,ならびに支援技術の研究に従事.
・・・
脚注
- *1
https://www.mhlw.go.jp/stf/covid-19/kokunainohasseijoukyou.html
- *2
https://www.boj.or.jp
- *3
https://www.meti.go.jp/meti_lib/report/2020FY/000066.pdf
- *4
令和2年度版(2021年11月7日アクセス):
https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r02/pdf/index.html
令和3年度版(2021年11月7日アクセス):
https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r03/pdf/index.html
- *5
https://www.ipa.go.jp/files/000072809.pdf