文化とサービス

この特集では文化とサービスとの接点について考えたい.文化庁の京都移転などを背景に,政策や産業振興の舞台で文化の存在感が高まっている.ここで文化と呼ぶ箱のなかには,美術,宗教,建築,道具,言語,歴史,文学,華道,茶道,映画,演劇,ポップカルチャー,ゲーム,食,ファッションなど,人の生活を彩るさまざまなオブジェクトを収めることができるだろう.このうち華道,茶道,建築,美術,食などは,茶事で懐石料理を出す場合のように,相互に強く結びついて総合芸術を形成するが,それはしばしば伝統文化と呼べるようなものになる.他方ファッションや映画,演劇,ポップカルチャー,ゲームなどは,よりモダンなサービスの文脈にも乗せやすい.これらをクロスオーバーさせることによって,新旧の融合した価値を生み出すこともできる.たとえば歴史上の人物が登場し活躍するゲーム.DJイベントを開催するお寺.文化がサービス産業の中で商品化される道筋は,無数の方向に広がっている.もちろん,文化がすべて資本主義的な経済体制の下での商品化に適するものではないし,むしろ,商業的な論理の外部にあることにこそ価値を見出すような文化のジャンルも想定される.いずれにせよ,文化は人類史が積み重ねられてきた分だけ広がっており,サービスはそれらとさまざまに接点をもちうる.

文化の諸特徴

文化の消費

多種多様な文化と人が向き合う際に共通する特徴は,それらが,主として記号や情報として消費されることにある.和菓子を例に考えてみよう.京都の人間は6月30日の夏越の祓の日に,水無月と呼ばれる,三角に切った外郎の上に煮た小豆を乗せた和菓子を食べる.一説に水無月の三角形は,延喜式にもその名がみられる,古来の氷室(冬期にできた氷を保存しておく場所)の氷の形を模しているといわれる.また上に乗せる小豆には,邪気払いの意味が込められている.夏越の祓は,一年の折り返し地点である6月30日に,半年の間にたまった身体の穢れを祓う行事であり,この日に無病息災を祈って水無月を食べるのである.このように,水無月を口にするとき,京都の人びとは外郎と小豆の味だけではなく,そのデザインに込められた記号や情報をも味わう.

文化とサービスの結びつき

サービス産業を記号や情報を価値に変換していく産業と捉えるなら,文化とサービスとの間の結びつきは強固なものだと考えることができるし,文化を商品として提供する側も,その結びつきの強さを理解しているだろう.和菓子からの例示を続けてみよう.二十四節気ごとに,立春や雨水といった節気の名に因んだデザインの生菓子を限定販売する店がある.ひとたびこれを買い求めると,ほぼ二週間ごとに,味覚に加えて目と脳とを刺激してくれる生菓子を楽しみに,店を訪れるようになる.二十四節気に因んだ生菓子の限定販売というサービスは,文化を売っているのである.

文化とは何か

さて,人の営みの何を文化と呼ぶか,その範囲を定めて価値づけを行うことは,それ自体社会・文化的な実践でありうる.今からおよそ一世紀前に目を向ければ,柳宗悦や河井寛次郎らの民藝運動は,すでに存在する日常の暮らしの中に価値を見出し,手仕事の日用品の芸術性を再定義していった.あるいは,マルセル・デュシャンやアンディ・ウォーホルの作品のような,大衆消費社会に流通する既製品を引用した芸術品の例を挙げることもできる.このような,自己反省的/言及的な近現代社会のあり方に即した社会・文化的実践が,文化的オブジェクトを形作る.
以上の意味で,文化概念のマーケティング戦略への応用を論じた三浦(2020; p5)が,文化を「(生活全般にわたる)価値と象徴のシステム」と定義していることは,正鵠を射ているように思われる.文化は生活全般のあらゆるところに見出すことができる.サービス提供者が文化を使って高付加価値化戦略をとったり,市場創造を行なっていくとき,文化を消費者にとっての価値に変換していく,あるいは生活の中に商品化できるような文化を見出していく社会・文化的実践に,サービス提供者は携わることになる.もちろんこうした戦略・戦術は,そう簡単にとれるものではないと考えられる.手仕事の日用品の芸術的価値は,ふつうの生活者にはなかなかわからない.文化とその価値とを見出す側の誰かがゲートキーパー(cf. 松井, 2019)の役割を果たし,自分たちが見出したものを,消費者をはじめとしたステークホルダーに伝えていく必要がある.

文化の消費者

その一方で文化を消費する側に目を向ければ,そこにも,文化をただ受動的に消費するだけではない,積極的かつ能動的な動きをみてとることができるだろう.文化は必ずその担い手を伴い,その人びとの日常的な実践のなかで再生産され,消費されていくものである.たとえば,SNSや動画サイトを通じて,俗にファンダムと呼ばれるような,積極的に活動するファンのコミュニティが作り上げる文化が生まれる.近年では寺社仏閣を訪れると,コスプレ姿の若者たちが写真撮影している様子をよく見かける.刀剣を擬人化したコンテンツや,その他さまざまなサブカルコンテンツのファンコミュニティが,自分たちでもコスプレを通じて文化を作り出しているのである.

文化と結びついたサービスにおける価値共創

このように,文化と結びついたサービスが提供される場では,消費者との間の価値共創が欠かせない.それどころか,文化を舞台にしたとき,サービスの提供者と消費者との間の境界線はしばしば曖昧なものになる.消費者とその消費の対象(美術,宗教,建築etc.)との間を愛着で結びつける種々の実践(Hennion, 2007)に,文化は宿り,愛着で結びついた対象に対し,主体は能動的に関わっていくからである.ライブ配信者に投げ銭する視聴者は,あるいは好みの茶道具に大枚を叩く大名茶人は,他の何者でもないそのライブ配信者や茶道具に愛着をもち,またライブ配信者や茶道具に惹きつけられ,両者の相互接着関係が消費を生み出すが,その際に消費者は,自分もまたその文化を形作る主体の一部となる.ひとたびその道の愛好家になると,消費者は「沼」に嵌って抜け出せない.大衆消費社会においてマーケティング実務者はいかにして自社の製品・サービスに対する消費者の関与を高めるかに腐心してきたわけだが,文化は,まるで魔法のように商品と消費者とを結びつける力を備えている.

サービスにおける/としての文化の課題

しかしながら,文化をサービスと結びつける上での課題も存在する.たとえば,文化の担い手はコンテンツを無制限に生産できるわけではない.とくに伝統文化産業の場合,その収益モデルは現代的な経済事情と乖離していき,政策的な保護なしには経営が成り立たない事業者も多くみられ,また次代の担い手である後継者の不足にも悩まされている.文化の保存・継承の問題は,伝統文化産業全体の喫緊の課題となっている.こうした課題に,文化とサービスとの接点がどう切り込んでいけるか,という点も,検討に値するだろう.たとえば先述の刀剣を擬人化したコンテンツでは,髭切や膝丸,小狐丸といった名刀の数々が登場するのだが,そうした種々の名刀と縁をもつ旧跡をめぐるスタンプラリーが開催されている.あるいは,京都の市営地下鉄烏丸線では最近,西陣織,京友禅,蒔絵,京象嵌などの伝統工芸の技術を散りばめ,またそうした文化の紹介を行う車両を新設した.こうした事例は枚挙にいとまがないのだが,次代の担い手に向けて間口を広げていく際に,ターゲットが受容しやすいよう,その価値判断基準にあわせ既存の文化自体のありようを変容させることになる問題など,考えるべきことは山積している.

文化とサービスに関する研究

さて,ここまでみてきた文化とサービスの接点に,研究者はどう切り込んでいくことができるか.広い意味でのマーケティングの分野の中でも,消費の記号的・象徴的な側面については,ポストモダン的な消費文化論(Consumer Culture Theory)が研究対象としてきた.また,文化を対象とする既存の応用諸科学――文化人類学,文化社会学,カルチュラルスタディーズ,文化心理学など――の知見に頼ることも,可能であろう.とるべき方法論としては,ここまでみてきたように文化は記号や情報として消費されるものであるから,定性的な意味記述,解釈の手法がまずは候補として挙げられる.

「文化とサービス」特集の目指すところ

この特集では,広い意味での文化的価値の創出に携わる,あるいはその過程の解明を仕事とする多種多様なアクターに寄稿していただき,文化とサービスの接点が今後どのような広がりをみせ,また可能性を示すか,ということについての展望を得たい.

参考文献

Hennion, A. (2007). Those Things That Hold Us Together: Taste and Sociology. Cultural Sociology, 1(1): 97–114.
齊藤通貴, 三浦俊彦 (編著) (2020). 文化を競争力とするマーケティング, 中央経済社.
松井剛 (2019). アメリカに日本のマンガを輸出する : ポップカルチャーのグローバル・マーケティング, 有斐閣.

著者紹介

平本 毅
京都府立大学文学部和食文化学科准教授.博士(社会学).京都大学経営管理大学院特定講師などを経て,2020年より現職.主として接客場面の会話分析研究に従事.

嶋田 敏
京都大学経営管理大学院講師.博士(工学).2015年同大学院助教,2019年より現職.主としてサービスプロセスのモデル化や定量評価の研究に従事.

福田 賢一郎
産業技術総合研究所人工知能研究センター 研究チーム長.博士(理学).2001年より現職.専門は知識表現.人間に寄り添うAI,日常生活のモデル化,社会実装の研究に従事.

Tran Thi Tuyet Nhung
愛知東邦大学経営学部助教.博士(経済学).京都大学大学院経済学研究科修了後,名古屋商科大学非常勤講師を経て,現職.主として小売マーケティング,新興国流通構造の研究に従事.

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