本稿では,デジタルコミュニケーションツールの提供側の観点から,どのような場面で利用されて成果がでているのか,どうすれば定着するのか,データの活用,今後の展望といった点に関してサービス学の観点からインタビューを行った内容を紹介する.株式会社MS&Consultingの錦織氏,角田氏,村井氏にインタビュー形式で話を伺った(本インタビューは2024年9月4日にオンラインにて実施された).

株式会社MS&Consultingは,サービス業のさまざまな業種の企業に対して,覆面調査を含めた顧客満足度調査や,働く従業員,アルバイトスタッフに対するエンゲージメント調査,そしてそれらを活用した経営コンサルティングの事業を行っており,近年,アルバイトを含めた店舗従業員用のデジタルコミュニケーションツールであるtenpoketトークを提供している.

錦織氏は,データ活用推進室に所属し,tenpoketトークを含むデータ活用およびアプリケーション開発に従事.角田氏は,営業を経験後,現在はクライアントにツール利用を促進するための業務に従事.村井氏はtenpoketトークの開発面のプロダクトマネージャーを担当し,機能の実装等を担当している.

tenpoketトークについて

tenpoketトークの機能とコンセプト

髙橋 早速ですが,tenpoketトークについて機能とコンセプトをお教えいただけますでしょうか.

錦織 弊社は覆面調査,顧客満足度調査や従業員エンゲージメント調査などを実施しています.また最近では,スーパーバイザー(SV)の方が,実際の店舗に臨店する,いわゆるQSCチェックのサポートも行っています.元々は,こうした調査の結果を蓄積し,管理職やそれぞれの店舗の店長が確認したり情報共有したりするためのプラットフォームとしてtenpoketトークを開発しました.

ただ,覆面調査は多くても月に1~3回,従業員エンゲージメント調査は多くても年に1,2回程度なので,親しみを持って利用するアプリケーションにはなりにくいという課題がありました.そこで,お客様に喜んでいただくにはどうすれば良いか,働くスタッフのエンゲージメントを高めるにはどうすれば良いかという観点から,現場での業務に紐づくコミュニケーションを促進できるようなコミュニケーションプラットフォームとしてtenpoketトークの機能を進化させてきました.

調査結果が届くという機能は残しつつ,お客様に喜んでいただけたことや改善点の共有,そして改善活動でのコミュニケーションや店舗内での業務連絡なども行えるような機能を追加して,現在ではそれがメインの機能となっています.

村井 こちら(図1)がログイン直後の画面で,自分が所属しているグループが表示されます.こちらは全てのグループが選択されているので,そこで展開されているルームが一覧で表示されています.サービス業の店舗内コミュニケーションではLINEが良く使われているのですが,LINEでは1つのトークルームの中で様々なトピックが入り混じってしまうことが良くあります.それに対してtenpoketトークでは,店舗ごとなどのグループを作った中に,目的別のトークルームを作ることができ,その中で色々なトークを展開することができます.また,そのほかにも「お知らせ」には,自分に対するメンションがあった時の通知がまとまっており,特に見落とせない情報が集約されるようになっています.

図1 ログイン画面の例

他に特筆すべき機能としては,バッジ機能があります.バッチ機能は,「ありがとう」などの気持ちを込めてバッジとメッセージを送り合う機能です.店舗の中での感謝であったり,レポートの中で褒められたりしたときにバッジを送ったり,その会社の理念やクレドに沿った行動に対しては,会社オリジナルのバッジを作って送りあうなど,理念浸透にも活用されている機能です.このように,tenpoketトークは非常にシンプルな中で,サービス業の現場で活用を強く想定した作りになっています.

根本 初めての覆面調査結果は,どういった形で受け取るのでしょうか?

錦織 「MSレポート」という専用ルームが用意されています.元々は他の情報と混ざっていたのですが,わかりやすくするために分離しました.

どのような経緯でこのコンセプトに至ったのかについてですが,大きく2つの流れがあります.まず1つ目は,現場の最前線で働くスタッフさんに調査レポートを見ていただくことによって,CS改善やお客様目線の教育をより効果的にサポートしたい,という流れです.先ほど申し上げた通り,もともと覆面調査やエンゲージメント調査の結果をウェブ上で展開していたのですが,本部に一括でお渡しして,あとは店舗内で共有してくださいという形でやっていました.しかし,なかなか店長まで届いていなかったり,店長に届いても印刷したものが店舗に貼り出されるだけで,印刷の手間がかかったり,店長やアルバイトスタッフまで見てくれているのか疑問が残ったりといった課題が,2015年,2016年頃にありました.そこで,デジタルツールを使って,店長,そしてアルバイトスタッフの方に直接レポートをお届けするために,このアプリケーションの開発を始めました.2つ目は,サービス業特有のコミュニケーション・情報共有における課題を解決したい,という流れです.コロナ前の話になりますが,人材不足や,店舗でまとまってミーティングをする時間を取るのが難しいという時代背景がありました.一方で,LINEなどのプライベートなツールを使うと,どうしてもプライベートと仕事の区別がつかなくなるなどの理由で抵抗があるという話もあったので,ビジネスチャットを使いたいというニーズがありました.Slackやチャットワークなど既存のアプリがホワイトカラーでは導入されてきましたが,サービス業の現場で,しかもアルバイトスタッフも含めて月額料金を払うとなると厳しく,なかなか導入が進まず,私用のLINEが多用されるのが現状です.

弊社としては,サービスプロフィットチェーン*1を作っていく上で,コミュニケーションツールが必要になってくるだろうと判断し,トーク機能の追加開発を始めました.それが2018年,2019年頃の話です.そして,コロナ禍に入り情報共有の必要性も強く叫ばれるようになりました.現在に至ってもその重要性は変わっていません.

村井 補足ですが,現在アプリをご利用いただいているユーザーの9割がスマートフォンまたはタブレットで利用しています.残りの1割がパソコンのブラウザからアクセスしています.少人数で開発を行っているため,差別化を図るために,コンセプトの段階から「LINEとは違う」という点を明確にした上で開発を進めています.

根本 なるほど.アルバイトの方もシステムにアクセスしながら業務を行うのですね.私が学生としてアルバイトをしていた頃からすると,隔世の感があります.

錦織 そうですね.サービス業の特徴として,社員だけでなくパートさん,アルバイトさんが多く,彼らは現場の最前線に立っており,顧客満足度に与える影響が非常に大きいです.彼らをいかに巻き込んで改善活動を進めていけるかが重要だと,経験的にも感じています.

tenpoketトークの利用シーン

サービス業全般で利用:企業が必要な機能を選んで利用

髙橋 tenpoketトークの利用シーンについてお聞かせください.まず,サービス業の中でも様々な業種があると思いますが,どういった業種で特に活用が進んでいますか.

角田 特に「この業種」というのはないと思っています.弊社の覆面調査を軸としたサービスは,サービス業全般でご利用いただいており,tenpoketトークも幅広く使っていただいています.

あと,業種や企業に合わせたカスタマイズは基本的にしていません.ニッチなケースではカスタマイズすることもあるかもしれませんが,基本的には様々な機能の中から必要なものを使っていただくというスタンスです.

利用シーンを限定せず,現場が発想を広げて利用

髙橋 続いて,サービスの仕事の中に様々な業務プロセスがあると思いますが,どういったプロセスに対してデジタルコミュニケーションツールがうまく機能し,メリットを出しているのか,もし知見があればご紹介いただけますか.

角田 企業によって使い方は様々あるのですが,強いて言えば,一番多い使い方は連絡事項や日報などです.企業によって,ある程度使い方を決めている企業もあれば,「コミュニケーションツールなので自由に使いましょう」という企業もあります.使い方を決めている企業は,事務連絡的な使い方をしていることが多いです.

髙橋 そのあたりは,角田さんから提案されることもあるのでしょうか?

角田 ケースバイケースです.何もないと「どう使ったらいいかわからない」という声もあるので,ある程度「こういう使い方があります」とご紹介しています.ただ,「この通り使ってください」と決めると幅が狭まってしまいます.現場の方がツールの使い方に長けているので,自由に発想を広げて使っていただいています.

例えば,私が関わっている企業では,事務連絡はもちろん,最近は人手不足で全員が集まって朝礼をするのが難しいので,朝礼の内容を店舗のトークルームに投稿する店長もいます.「今日朝礼で伝えたかったことはこれです.みんな確認してください」とか,「シフトの注意点」「こういうお客様が来ます」といったことを書いたり,新商品の紹介を写真付きで投稿したり,実績を共有したりしています.あとは,週報のようなものを作成して,個人の振り返りを書き込んだり,それに対して店長がコメントでフィードバックしたりする使い方をしている企業もあります.スピード感で言うと,LINEのようにリアルタイムでやり取りするというよりは,後からでも良いのでみんなに伝えたい情報を共有するという使い方に向いています.

さまざまな場面で基本となるパフォーマンスを意識した開発

髙橋 様々な場面で使われているというお話でしたが,開発の際に,場面を意識した設計など,意識されている点はありますか?

村井 今一番意識しているのはパフォーマンスです.どれだけ良い情報をやりとりできたとしても,パフォーマンスが悪ければユーザーは離れてしまいます.表示に時間がかかる箇所があれば,どうすればスムーズに表示できるかを考えています.また,ユーザーアンケートを実施しており,そこで様々なご意見や要望をいただきます.「せめてこの機能はこのレベルで使えるようにしてほしい」「ここが分かりにくい」「こんな機能があるともっと活用できそう」などという声を参考に,基本機能に関しては問題なく動作するように開発を進めています.tenpoketトークという名前の通り,数ある機能の中でもトーク機能が最も重要です.そこに関してはより使い勝手が良くなるように,直近では1年ほどかけて,もともと作っていたものを抜本的に作り変えました.外部のエンジニアやデザイナーにも意見を聞き,反映させて,今は自信を持ってトーク機能を提供できています.パフォーマンスを意識しつつ,コア機能に特化して開発を進めています.

デジタルコミュニケーションツールの成果,指標化

髙橋 tenpoketトークの成果指標についてお話を伺いたいです.新しいツールを導入する際は,コストがかかります.このツールが「うまくいった」と判断する指標はクライアントに伝える必要があると思います.どういった成果が出ているのか,それを測るための客観的な指標などを用いているのか,その2点についてお伺いしたいです.

データから作成可能な成果指標:量と質のバランス

錦織 弊社の場合は,お客様の顧客満足度を向上させたり,スタッフの働きがいやエンゲージメントを高めたりすることが目的となっています.どちらかというと,「導入によって売上が上がった」「業務時間が減った」といった指標よりも,「顧客満足度の向上」「エンゲージメントの向上」といった結果指標を重視しています.そのため,成果指標としては,顧客満足度や従業員エンゲージメントを,覆面調査や顧客アンケート,従業員エンゲージメント調査などで測ることが多いです.

その前段階として,ツールがどの程度利用されているかといういわゆる「活性度」も指標として見ています.例えば,どのくらいIDが作成されて利用されているか,一般的なMAU(月あたりのアクティブユーザー数)なども指標の一つです.ただ,単純な書き込みの量だけで見てしまうと,「必ず書き込みましょう」といった強制的なルールを設けてしまいがちです.その場合,それで数値が上がったとしても良い結果に繋がるとは限りません.むしろ作業的になり,結果に結びつかないこともありました.そこで,質の可視化として,ポジティブなフィードバックやコメントがどのくらいあるかを検証したところ,結果指標とある程度の相関関係が見られる店舗もありました.もちろん,一店舗だけで判断できるわけではありませんし,量と質のバランスも重要です.そういったツールの活用の可視化と,顧客満足度や従業員エンゲージメントといった結果指標を組み合わせて,成果指標として見ています.

実際に現場が必要としている成果や評価

角田  現場の感覚,実際に使っているユーザーの方や経営者の方と話した印象から付け加えると,ツールを導入したことによる数値的な効果を出すのは難しいと感じています.例えば,「作業工数が削減された」「商品の販売数が伸びた」といった効果は,トークを見ていると出てきます.ただ,ツールを使ったからそうなったと証明するのは難しいです.工数削減や販売数の増加は,様々な要因が重なって生まれた結果なので,ツールもその一因ではあると思いますが,どの程度影響しているのかを証明するのは難しいと感じています.

経営者と話していても,そこまで具体的な数字を求めていないことが多いです.このツールで何%伸びたのかではなく,「あの店は積極的にコミュニケーションを取っている」「チームワークが良いからキャンペーンをやってもいいよね」といった感覚的な評価が多いです.店舗で「やりたいこと」があり,それを促進するためのツールとしてtenpoketトークが使われているという認識です.「使っているか」「使っていないか」は指標として出せますが,「使っているから目標達成できる」「使っていないから目標達成できない」という相関関係があるかというと,その内容が目標達成につながっているかどうか,店舗のスタッフが主体的に関与しているかどうか,なども大きく関わっているので,必ずしも相関関係があるとは言い切れないです.

髙橋 ユーザーが「この機能を使ってこれをやりたい」という目的があり,それが実現できれば,指標はあれば良いけれど,なくても導入していただけるということですね.

角田 そうですね.端的に言えば「いかに使うか」ということになります.ただ,「これが正解」と決めるのは非常に難しい.曖昧な世界の中で,tenpoketトークが使われているという感覚です.

現場から伝わるtenpoketトークの利用傾向,成果

デジタルツールで活躍する人

角田 利用傾向としては,年齢が上がるにつれて,スマートフォンがない時代に生きてきたので,「コミュニケーション=対面」という考え方が強いです.だからといってベテランの方が全く使わないかというとそうではありません.ベテランのパートさんから「tenpoketトークを使いたいからルームを作ってほしい」と店長に頼むケースもあります.年齢だけで判断するのは乱暴で,コミュニケーションを欲していれば使おうとしますし,逆に若い人でも必要性を感じなければ使いません.

店長にもタイプがあり,リアルのコミュニケーションが得意な人もいれば苦手な人もいます.tenpoketトークを導入することで,「直接伝えるのは苦手だけど,ツールを使えば伝えられる」という店長もいます.上司からは「直接言えよ」と言われるのですが.でも,今はそういう時代でもないので,苦手な店長はツールという新たなルートを見つけてうまくコミュニケーションをとるようになるケースもあります.

根本 それは良い話ですね.

角田 良い話ですよね.こういった話は結構あります.tenpoketトークを導入する前は,店長やマネージャーなどの管理職は,「できる店長」「できない店長」などと正直なところ序列をつけていることが良くあります.しかし,tenpoketトークを導入してみたら「あいつはコミュニケーションが下手だ」と思っていた店長が「あれ?意外とコミュニケーション能力があるんだ」と見直されることもあります.

観察していると,正確に物事を伝えたい人や,瞬発的に回答するのではなく相手への伝わり方を気にする人は,リアルなコミュニケーションよりもテキストでのやりとりを得意とする傾向があります.ちゃんと自分で考えて言葉を整理して送信する人もいて,うまく使いこなしている人もいますね.

周りが気づく,評価が変わる

根本 先ほどおっしゃっていたような序列が,実際に変わったケースもあるのでしょうか.

角田 はい,あります.序列が逆転するということではなく,今まで見えていなかった店長の特性が見えてきて,「ああ,こういうことができるやつなんだ」と見直されることがあります.店舗内でも同じようなことが起きています.「この人はよくわからない」と思っていた人が,意外と積極的に書き込んでくれたり,「こういう特性があったんだ」と気づかされることがあります.そういった話はよく聞きます.

他にも,ある店長は,新人にその日やったことをtenpoketトークに投稿させているそうです.そうすることで,店長自身も新人が何をしているのか把握できるし,他のスタッフも新人の投稿を見て,「今こういうことをやっているんだ」「フォローしてあげようか」といった動きが出てくるそうです.本来は店長と新人の1対1のコミュニケーションだったものが,気づいたら新人のことをみんなが理解し,サポートできるようになっている.ルームとして公開されているからこそ,他の店舗のスタッフからも見えるようになって,コメントしたり,新人がどのように育っているのかがわかったりするという事例ですね.面白いのは,それに対する店長の書き込みもみんな見ていて,店長のスタンスもわかるようになるということです.「この店長はこういうことを大事にしているんだ」「今こういうことを求めているんだ」といったことが,当事者以外の人にも伝わって,プラスの影響を与えているケースが多いと感じます.

ツールの利用傾向で組織を見える化する

角田 会社によって使い方も様々で,それを見ることで会社の特徴が見えてくることがあります.「すごくトップダウンだな」とか「フラットな組織なんだな」とか.これはあくまで私の主観ですが,「言っていることとやっていることが違うな」と感じることもあります.

ネガティブな例で言うと,全くtenpoketトークを使わない店長がいました.なぜ使わないんだろうと理由を聞こうと店を訪ね,店長に「なぜ使わないのですか?」と直接聞いてみました.最初はツールが使いにくいのかと思ったのですが,使いにくいわけではないと言われました.「それではなぜ?」とさらに聞くと,「本部の指示に従いたくない」という回答でした.なるほど,tenpoketトークが嫌いなのではなく,本部が嫌いだっただということが分かりました.その会社には過去の経緯があり,ツールを使わないのはツールの問題ではなく,本部と現場の温度差が原因でした.他にも,パートさんが何十人もいる店で,誰かの投稿に対して「いいね」を押さない人が多い店舗がありました.あるパートさんに「あの投稿,見てますか?」と聞くと,「見ています」と答え,「内容はどんな印象ですか?」と聞くと,「すごく良いと思います」と答えました.じゃあなぜ「いいね」を押さないのかと聞くと,「店長の投稿にいいねを押すと,『あの人は店長側の人間だ』と思われてしまう.」と.反対に,書き込みがすごく多い店では,「すごく活発に使っていますね」と言うと,「書き込まないと店長に怒られるんです」というケースもありました.このように,表面的な現象だけでなく,その背景を深く掘り下げていくと,組織が見えてくるということがよくあります.

根本 研究者が行うエスノグラフィー*2に近いことを,角田さんは自然とやっているのですね.ということは,店舗の改善業務として使ってもらうというだけでなく,コンサルタントが観察するためのツールとしても使われているということでしょうか?

角田 そうですね.コミュニケーションツールがあることで,日常の様子が見えるようになります.「この店長はこういう反応をするんだ」とか.これは私だけでなく,本部の人も同様です.普段のスタッフの行動や,店長が本部の方針をスタッフに伝えている様子などもわかります.例えば,店長が店長会議で共有された方針をスタッフに伝えた際に,本部の意図と違う伝え方をしている場合,SVが補足説明を入れたりします.今まではそういったフォローができなかったので,店長がネガティブな伝え方をしてしまうと,誤解を生んでしまうこともありました.tenpoketトークを使うことで,本部から「そういう意図ではない」「この方針はこういう意味だ」とフォローできるようになり,情報伝達のロスが減りました.

デジタルコミュニケーションツール導入の困難さと定着する条件

髙橋 ツール導入の難しさについて伺いたいと思います.新しいツールを使うとなると,定着するまでに時間がかかると思いますが,導入当初の状況や,どのように使われるようになっていったのか,課題,導入した企業の取り組みについて教えてください.

既存ツールからの移行の課題

錦織 総論として,導入の課題は大きく2つあると思っています.1つは,LINEなど複数のツールが乱立していて,それを一つにまとめようとしてtenpoketトークを導入した際に,「以前はこうだったけど,これからはどうすれば良いのか」といった混乱が生じることがあります.既存のツールからどのように移行するか,全く新しいツールとして使う場合はどのように運用していくか,並行して使う場合はどのように使い分けるか,などを明確にしないと,店舗によって導入状況にばらつきが出てしまいます.会社としてどの程度統制するか,どのようにルールを決めていくか,それを主導する人がいるかどうかが,導入を成功させる鍵となります.

もう1つは,アルバイトスタッフの個人所有のデバイスを使うことを前提としている場合,会社によってはそれを許可しないケースもあります.アルバイトスタッフに直接情報を届けたいと思っても,個人所有の端末への導入を強制することは難しいので,お願いベースで導入を進めることになります.スタッフから「会社支給のスマートフォンを使わせろ」と言われるのは怖いので,なかなか導入に踏み切れないという企業様もいます.実際,大半の方は気にしないと思いますが,一部の方から「通信料はどうなるのか」といった指摘があると対応が難しいので,そこは課題です.また,情報漏洩を懸念される企業様もいます.その場合,店舗内のWi-Fiでしか閲覧できないようにするなど,セキュリティ対策を施すケースもあります.

角田 ただ,コミュニケーションを取りたいけれど,適切な手段がない,LINEはセキュリティ上使いたくない,といった状況で,結局直接会ったり電話やメール,社内ツールを使ったりしている場合は,「楽なツールがあって良い」と受け入れてもらえることが多いです.導入のハードルは状況によって異なり,課題解決ツールとして受け入れてもらえれば,比較的スムーズに導入できます.

ツールが定着する組織の条件:事前期待の調整とコミット

角田 もう一つ,これは導入前の説明における課題かもしれませんが,tenpoketトークが「魔法のツール」のように認識されてしまうと,導入後に苦労します.つい話を大きくしてしまうこともあるのですが,「これもできます」「あれもできます」「他の会社ではこんな素晴らしい使い方をしています」と伝えても,実際には1年,2年かけて試行錯誤して実現できたことかもしれません.そういった裏話をせずに,「明日から夢のような世界が実現します」と伝えてしまうと,「これさえ導入すれば何でもできるんでしょ?」という期待を持たれてしまい,現実とのギャップが生じてしまいます.導入前にできることとできないことを明確にした上で,どのような使い方から始めるかを考えておくことが重要です.

定着させるためには,本部や幹部の関わり方も重要です.会社の幹部がtenpoketトークの導入を決定し,「現場で使え」と指示しても,うまくいきません.よくあるケースですが,「このツールを導入すれば素晴らしい結果が出る」と期待して,自分は関与しないという幹部がいますが,それではうまくいきません.tenpoketトークは,設定によって店舗の投稿を本部が見られるようになります.現場のスタッフが困っていることは,意外と本部が解決しないとどうにもならないケースがあります.例えば,「この商品にはこんな問題点があります」という投稿があった場合,店長がそれをバイヤーに伝えることもできますが,バイヤーが直接見ればすぐにわかることです.本部が「こう改善しよう」と指示を出せば,現場のスタッフは投稿する意味を見出しやすくなります.本部が関心を持ってtenpoketトークを見ることは,定着のために非常に重要です.

外発的動機づけではなく内発的動機づけ:ユーザーが自発的に価値を見つけられると定着する

角田 「最初から価値を感じて使ってもらえる」というケースは少ないです.使っていくうちに「こういう価値があるんだ」と気づいてもらうことが多いので,今日明日で結果が出るものではないです.

私が様々な企業の現場で話を聞いた内容ですが,「tenpoketトークで週報を書くようになって,考えるようになった.行動の質が上がった」とか「他の人の投稿を見ることで,何をしているのか,何をしようとしているのかがわかるようになった」という声もありました.最初からそういった認識を持っていたわけではなく,使っていくうちに価値を見出していくんです.

また,ある店舗のパートスタッフさんの話で,「tenpoketトークは,休みの日でも投稿を確認できるので,朝礼で聞いて慌てるよりも,休みの日に確認して頭に入れておくと,余裕を持って仕事ができる」とありました.休みの日に仕事のことを考えるのは少し抵抗があるかもしれませんが,この方はわからないことがあると不安だったそうです.パートスタッフなので毎日出勤するわけではなく,tenpoketトークに投稿があれば家で情報を確認してから出勤できるので,不安がなくなって心に余裕ができたそうです.このお店では,以前は週報を紙で書いていましたが,その時は「今週は何個売りました」といった数字だけの報告でした.今は,数字だけでなく,他の人がどんなチャレンジをしているのかが見えるようになり,それを楽しんでいるそうです.この方は,もともと謙虚な方で,当初は自信なさげでしたが,今は自信を持って行動しているように感じます.以前は品出しがメインだったのですが,今は積極的に接客や販売もするようになりました.定着という点では,最初から価値がわかっているわけではなく,使っていく中でそれぞれが価値を見出していくというケースが多いです.

髙橋 お話を伺っていると,基本的には導入した企業が自らメリットを見出していくということですね.導入したいというモチベーションが高い人が積極的に使い始め,使い方の例を示したり,メリットをアピールしたりしていくことが重要だと感じました.強制しても,メリットを感じなければ自発的に使ってくれませんよね.

角田 外発的な動機付け,つまり外部からの強制では,刺激を与えられている間は使いますが,継続的に刺激を与えるのは難しいです.必要なのは,内発的な動機付け,つまり自発的に使ってもらうことです.本部が「現場に行くのが面倒くさい」「現場の状況を知りたいけど,直接聞くのは面倒くさい」という理由だけで導入しても,現場は「面倒くさいから使わない」となってしまいます.

全部やらず,必要な部分だけにデジタルツールを利用する

角田 もう一つ,ポイントとしては,「リアルなコミュニケーションがあってこそのtenpoketトーク」であり,「リアルなコミュニケーションとtenpoketトークの使い分け」が重要であるということです.LINEと併用しているお店もあります.LINEはこういう使い方,tenpoketトークはこういう使い方,リアルなコミュニケーションはこういう場面で,と使い分けることが重要です.全部tenpoketトークでやろうとすると無理が生じます.

業務情報だけでなく,人は感情的な生き物でもあるので,「嬉しかった」「悲しかった」といった感情的な情報も共有すると,継続的に使っていただけるようになる可能性があります.ただし,ポジティブな情報を共有し,ネガティブな情報は個別に対応しましょう.良い面に焦点を当てた方が良い結果に繋がります.「あなたのここが悪かった」と個人攻撃をしてしまうと,みんな「私も何か言われるんじゃないか」と萎縮してしまいます.それはtenpoketトークに限らず,コミュニケーションの基本です.

根本 覆面調査の結果にはネガティブな情報も含まれると思いますが,そういった情報は基本的に公開されるのでしょうか.それとも,DMのような形で,本人しか見られないようになっているのでしょうか.

角田 覆面調査の結果については,事前の設定で,ネガティブな情報も含めて一斉配信することも,ネガティブな情報は非表示にすることもできます.お客様の好みや,どちらの方が効果的かなどを考慮して設定しています.

根本 みんなの前で評価されることに抵抗がある人も多いと思うので,切り分けられるのは良いですね.

ツールを導入する目的を組織が正しく持つこと

角田 結局「何のためにtenpoketトークを導入するのか」が重要だと思っています.なんとなく導入して,結果を見てから次の一手を考えるのも良いのですが,本当に「なんとなく」導入してしまうと,目的がわからずうまくいきません.また,最初に決めたことをずっとやり続けようとするのも,状況が変われば苦しくなるので,必要があれば途中で路線変更した方が良いでしょう.何も目的がないまま導入し,ツールを使うこと自体が目的になってしまうと一番苦しい状況になります.そうすると,「利用率」ばかりが重視されるようになって,「店舗のスタッフの人数に対して何%がtenpoketトークを使っているのか」といった指標ばかりを見るようになります.使うか使わないかは個人の自由なのに「この店は100%」「この店は50%」「50%の店は何をやっているんだ?」と問題として捉えられてしまうことがあります.前述した通り,利用率の低い店の店長は「リアルなコミュニケーションの方が伝わりやすい」と思っているケースかもしれませんが,結局は本部の指示に従っているかどうかで評価されてしまう.そうすると,本来のCS(Customer Satisfaction,顧客満足度)やES(Employee Satisfaction,従業員満足度)の改善にはつながらない活動になってしまい,問題です.

ツールはあくまで手段

髙橋 マネージャーや本部と現場の対立となると,デジタルツールだけでは解決できない問題ですね.どこまでMS&Consultingが介入すべきかは難しい問題だと思いますが.

錦織 tenpoketトークなど,様々なツールを開発・提供していく中で感じているのは,ツールだけで問題が解決するわけではないということです.他のツールでも同じだと思いますが,導入と同時に,目的を整理したり,運用ルールを決めたりする,いわゆるITコンサルティングや組織改革コンサルティングが必要になってくると思います.ツールはあくまでも手段であり,コンサルティングと組み合わせることで,初めて効果を発揮します.ただし,コンサルティングにお金を払うことに抵抗があったり費用を捻出できない企業も多くいらっしゃるので,そのあたりのバランスが今後の課題だと感じています.

デジタルコミュニケーションツールのデータ利用における課題

髙橋 デジタルコミュニケーションツールを利用していくと,ログやデータが蓄積されていきます.研究者としては,そういったデータは知見が詰まった貴重なソースだと考えていますが,データをうまく活用するには様々な課題があると思います.そのあたりについてもお伺いしたいです.

データはあくまで一つの切り口

錦織 データ活用の課題についてお話します.データはあくまでも一側面であり,全てを反映しているわけではないということを理解しておく必要があります.データだけで全てを判断してしまうと,誤った判断を下す可能性があります.覆面調査や従業員エンゲージメント調査でも同じですが,覆面調査の結果が悪いからといって,その店の接客が悪いと決めつけてしまうのは危険です.あくまでも確率的なものであり,調査に行ったタイミングや対応したスタッフによって結果は変わるので,一概に判断することはできません.データはあくまでも一つの切り口であり,それをもとに決めつけるのではなく,実際にヒアリングなどを行い,様々な角度から情報を集めて,人間が解釈することが重要です.それがデータ活用における難しさであり,忘れてはいけない点だと思います.

万能な指標は存在しない:企業が解決したい問題に寄り添う

錦織 もう一つ,数値化しようとすると様々な指標が考えられます.データの種類も量も多いので,「活用度を測る指標を教えてください」と言われると,10個や20個でも簡単に作れてしまいます.しかし,現場が求めているのは,「この数値を見れば全てがわかる」というような,万能な指標であることが多いのですが,残念ながらそのような指標は存在しません.閲覧数が重要な場合もあれば,リアクション数が重要な場合もあります.量よりも質が重要な場合もあります.

データ活用においては,様々な指標をもとに解釈し,仮説を立てて,現場の状況をヒアリングしたり,実際に現場を見に行ったりすることが重要です.それが現場でできれば一番良いのですが,なかなか難しい場合もあります.そこで,我々のようなコンサルティング会社が存在する意義があると思っています.コンサルタントがデータ活用を支援することで,より効果的な活用ができるようにしていきたいと考えています.

データ活用とコストのトレードオフ

髙橋 システム開発の立場から,データ活用の困難さについて何かお話はありますか?

村井 現在でも課題として残っているのが,お客様=ユーザーがデータ活用をしたいと思っても,ユーザー完結が難しいことがあります.データ活用に興味のあるユーザーがいて,「こういうデータを使って何かしたい」という要望があったとします.仮に指標を設定して分析を行ったとしても,データを提供する際には,我々が間に入らなければなりません.ユーザー側で完結できれば良いのですが,実際には難しいのが現状です.過去に,他のアプリケーションでダッシュボード機能や様々なフォーマットでのダウンロード機能を提供したことがありますが,いざリリースしてみると,「この指標はもう使わない」と言われてしまったことがあって,その開発コストを考えると,なかなか踏み切れない部分があります.

あと,ログデータは非常に便利ですが,あっという間に膨大な量になってしまい,データベースを圧迫してしまうんです.本当に必要な情報はログとして残すべきですが,何でもかんでも記録してしまうと大変なことになってしまいます.これが開発側の事情です.

今後の展開

髙橋 最後の質問ですが,今後の展開,見通しについてお伺いします.スマートフォンの普及によって,アルバイトスタッフも情報にアクセスしやすくなり,調査結果なども共有しやすくなりました.今後,サービス業における企業内部のデジタルコミュニケーションはどうなっていくのでしょうか?お考えをお聞かせください.

錦織 難しい質問ですね.まず,私としては,お客様の声や従業員の声を収集し,従業員が働きがいを感じ,お客様に喜んでいただく,そして,それが店舗の売上向上に繋がるという流れは,今後も大きくは変わらないと考えています.それを支える店舗内コミュニケーションの重要性も変わりません.なので,今お話したことが全く使えなくなって,全く新しい時代が来るということはないと思います.

既存の従業員とスポットワーカーのコミュニケーションの課題

錦織 一方で,考慮すべき点として,サービス提供プロセスのデジタル化(DX)や,タイミーなどのサービスを利用したスポットワーカーの増加があります.スポットワーカーは,店舗の状況や情報を事前に知る機会が少ないため,既存のスタッフとは異なるコミュニケーションが必要になる可能性があります.そういった状況下で,店舗内コミュニケーションをどのように円滑に行っていくか,既存のスタッフはこれまでの文脈を理解した上で,スポットワーカーと適切にコミュニケーションを取っていく必要があります.スポットワーカーの活用とCS,もしかするとスポットワーカーの方が働く満足度や働き甲斐といった視点も,今後無視できない課題になってくる可能性があると思います.

生成AIによる情報の検索方法の変化

錦織 また,今後求められるものとして,情報の蓄積があります.ツールを使えば情報はどんどん蓄積されていきます.情報量が増えれば増えるほど,「以前はどうだったかな?」と過去の情報を検索する機会も増えるでしょう.そこで,昨今の生成AIの登場により,検索の仕方が変わってくる可能性があります.現在でも,Google検索のようにキーワードで情報を検索することはできますが,今後は,デジタルネイティブ,生成AIネイティブ世代が台頭してくると,「検索=質問」という感覚を持つようになるかもしれません.そうなると,「この1週間の出来事をまとめて」といった要望が出てくる可能性もあります.そうなった時に,企業として,業界として,どのように対応していくかが重要になるでしょう.

リアルとデジタルの使い分けの模索

角田 既存のコミュニケーションが全てデジタルに置き換わるわけではなく,リアルなコミュニケーションとデジタルなコミュニケーション,それぞれの良さが見えてくると思います.

今は「デジタル化」「DX」という言葉が流行っているので,デジタルに注目が集まっていますが,いずれ「リアルなコミュニケーションも大切だ」という流れが来るでしょう.現場を見ていても,そう感じることがあります.デジタルコミュニケーションツールやコミュニケーションの仕方は,「これが正しい」と決めつけるのではなく,状況に応じて使い分けることが重要です.使うこともあれば,使わないという選択肢もあり得ます.利用率100%の店もあれば,50%の店もあり,何も考えずに100%にする方が間違っているかもしれません.

ツールはあくまでも問題解決の手段と考えがちですが,そこから得られたヒントをもとに次の一歩を踏み出す,という使い方もできます.「これが正解」と決めつけてしまうと,変化に対応できなくなってしまいます.「生産性」「合理性」などが重視される中で,逆に「ウェルビーイング」や「多様性」といった方向に世の中が移り変わっていくと考えると,「業務効率化ツール」は今は受け入れられても,すぐに飽きられてしまうでしょう.なので,「様々な使い方ができる」というのはわかりにくいかもしれませんが,その分かりにくさや曖昧さが重要なんだと思っています.1週間後には違うことを言っているかもしれませんが,今はそんな風に考えています.

特化する従業員のデジタルコミュニケーションツール

村井 デジタルコミュニケーションツールは,今後も需要があると思いますが,お客様からは「アプリの一本化」を求める声が上がっています.コミュニケーションはAのアプリ,シフト管理はBのアプリ,といったように複数のアプリを使うのではなく,「このアプリさえあれば全て完結する」という状態を求める声が多いです.

そういった要望にも応えたい気持ちはありますが,我々としては多機能化を目指すのではなく,先ほどご紹介したコア機能に絞って開発していく方針です.シンプルでありながらニーズに応えるのは簡単ではありませんが,その中でどれだけ価値を提供できるかが勝負だと思っています.特に,先ほどの「覆面調査レポート」の調査結果については,弊社独自の機能なので,この部分の活用を促進していきたいと考えています.また,分析機能など,データ活用に関しても,より汎用性の高い情報を提供できるように開発を進めていきたいと考えています.「覆面調査レポート」周りは特に力を入れていきたいです.

本当に必要な機能を残して行くこと

髙橋 ありがとうございます.とても参考になります.角田さんと村井さんのお話を伺っていると,基本的な機能は確保した上で,そこから先はユーザーが自由に使い方を試行錯誤して,デジタルとリアル,それぞれの良さを活かした使い方を見つけていく,そして,その結果を踏まえて次のステップを考える,という流れになるのでしょうか.

錦織さんがおっしゃっていた,スポットワーカーと生成AIの話ですが,社会のトレンドが変化していく中で,スポットワーカーへの対応,そして生成AIに対応した検索機能の導入なども検討していく必要があるのでしょうか.

錦織 そうですね.基本的には,新しい機能をむやみに追加するのではなく,本当に必要な機能だけを残していくことが重要だと思います.コミュニケーションツールは,派手な進化を遂げるのではなく,ユーザーが様々な方法で使えるものが生き残っていくのではないでしょうか.

髙橋 ありがとうございます.本日は,長い時間インタビューにお付き合いいただき,本当にありがとうございました.

インタビューを終えて

本インタビューでは,デジタルコミュニケーションツールの提供側の観点から,様々な話を伺うことができた.

サービス工学の根幹をなすのは,観測・分析・設計・適用のサイクル(蔵田,2011)である.本インタビューを通じて,デジタルコミュニケーションツールの導入により,組織のツール利用状況やコミュニケーションの状況が“観測”可能になり,組織の状態や課題に関する“分析”が行われ,それをもとに新しい店長のマネジメント改善など(設計と適用)が実施されていることが明らかになった.

ただし,これを達成するには,現場でテクノロジーが適切に活用されることが前提となる.その点,本インタビューでは,ツールの具体的な活用方法について多くの事例を伺うことができた.

サービス業では新しいツールの導入に際し,従業員の利用に関する意思決定(利用が強制されるか,自発的か,あるいは消極的か)が大きな影響を与えるため,より複雑である.効果的な利用を促進するためには,従業員がツールの利用に対して内発的な動機を持つことが不可欠だ.

先述の観測・分析・設計・適用のサイクルは,マネジメントの視点から見るとメリットがあるものの,従業員にとっては実感しにくく,動機付けとしては弱い.従業員自身が,自分の視点でのメリットを実感することが重要である.本インタビューでは,いくつかの具体的な事例を確認できた.たとえば,デジタルツールの活用によってコミュニケーションが活発になったと感じる人や,事前に情報を把握し準備できるようになった人がいた.

内発的動機を引き出すことは容易ではないが,デジタルツールの提供側ができることとして,使い方を過度に制約しないことを伺うことができた.利用者が自らメリットを見出し,最適な使い方を決められるようにすることが重要だ.そのためには,多機能化を追求するのではなく,基本機能の質を高め,企業や従業員が自然にメリットを見出すことを期待する姿勢も必要だと感じた.

改めて,サービスの研究を進めるうえで,新しいテクノロジーや技術の開発だけでなく,それを利用する人間を含めたシステムとして総合的に分析する必要性を強く実感した.近年,生成AIの活用が注目を集めているが,より効果的に利用するためには,利用者の意思決定も含めて考慮し,技術に適したマネジメント方法を議論していく必要がある.著者自身も,改めてこの課題に取り組む決意を新たにした.

参考文献

蔵田武志. (2011). サービス工学の概要, 知能と情報, 23(3), 269–275.

著者紹介

錦織 浩志
リサーチ本部データ活用推進室室長.東京大学大学院を修了後株式会社MS&Consultingへ入社.社内外でのデータ活用プロジェクトだけでなく,サービス学会での研究発表などにも参加している.

角田 聡
UCXチームマネージャー.早稲田大学を卒業後,金融機関を経て株式会社MS&Consultingへ入社.直接クライアントとの接点を持ちながら,システム活用を推進している.

村井 悠孔
TI本部マネージャー.九州大学大学院を修了後,株式会社MS&Consultingへ入社.自社システムにおいて,企画設計から開発,運用まで広く関わっている.

髙橋 裕紀
筑波大学 システム情報系 助教.博士(工学).2022年より現職.サービス業における,従業員とサービス利用者の相互作用の研究に従事.

根本 裕太郎
横浜市立大学国際商学部准教授.博士(工学).Well-being志向のサービスデザインの研究に従事.日本TSRコミュニティ共同主宰.


  1. サービスプロフィットチェーンとは,従業員満足度の向上が,最終的に顧客満足度や利益をもたらすというモデル.
  2. エスノグラフィーとは,現場で人の行動や文化を観測し理解するための質的研究手法.
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