特集テーマとなるキーワードは注目を集める新しい活動に関するものが多いことから,その定義がはっきりと定まっておらず,編集担当者の頭を悩ませることが多い.「スマートシティ」もその例外ではなく様々な定義がなされている.その多くに共通する要素はIoT, ICTを活用したまちのデータの収集と蓄積,これらを分析してエネルギーや交通を含む社会インフラとしてのまちの機能の効率化や最適化への取り組み,といったところであろうか.

特集解説 : 「スマートシティ:まちの機能と文化の共創」において示唆したように,我々はサービスエコシステム(Vargo et al. 2015)の理論を介して本特集におけるスマートシティをサービス学の観点から議論することを試みることとした.スマートシティに関するサービスを,まちのデータを整備・管理するデータインフラとしてのメタサービスのレイヤーと,そのデータを活用することで生まれる様々なサービスのレイヤーの二つに整理し,レイヤー間やレイヤー内で起こる様々なインタラクションにより,まちの新たな機能や文化が形成されるという仮説をおいた.

最初の特集記事「横浜,イノベーション都市のこれから」はシビックテック活動を例に主体としての市民の役割にフォーカスが当てられている点で示唆に富んでいる.メタサービスとしての横浜市のオープンデータの取り組みと現状の課題,市民が主体的にスマートシティに貢献するシビックテック活動をするためのインフラとしての行政によるオープンデータの必要性を指摘している.両者の「データ」に対する意識の違いから,レイヤー間でのインタラクションがうまく回っていない現状についても指摘されていると捉えることができる.この点だけでなく,集積する大企業群と大学・ベンチャーとの連携によるオープンイノベーションやパーソナルモビリティの取り組みに対するインフラ整備や規制緩和など,メタサービスの中心的な役割を行政が担うモデルを想定して,サービスレイヤーを担う市民や企業とのインタラクションの活性化として行政と各ステークスホルダーとの連携の必要性を示している.

次の特集記事「中国のスマートシティ.社会課題へのフォーカスと理想像の欠如」では中国におけるスマートシティ事情について,過去の経緯から現状に至るまで見通しよく解説していただいた.国が主導したエコシティ・スマートシティのプロジェクトは具体的な社会課題への取り組みがはっきりと見えてこないことから盛り上がりに欠けている状況が指摘されている.その一方で治安向上のために国全体で大規模に整備された監視カメラネットワークとモバイルネットワークによる各種の先進的サービスの活用状況についても紹介されている.特に国家規模で整備された監視カメラネットワークはまさにメタサービスレイヤー構築の成功例として取り上げないわけにはいかない有名事例となっている.

一方で,この事例のように行政によるメタサービスの高機能化を突き詰めるとプライバシーが十分に保護されない「監視社会」につながるのではないかという懸念は拭えない.「コロナウイルス感染症COVID-19と監視社会」ではスマートシティに関する取り組みを進める上で避けて通れない「『個人情報の収集と解析を通じた便利さの追求』とプライバシー保護との相克」について,監視社会を容認しかねない功利主義の考え方についてCOVID-19感染拡大防止への取り組みを題材に明快に解説していると同時に,「自分たちの社会の土台となるような経験」を重視するという具体的な価値観を提唱している.今後のスマートシティへの取り組みを進める上で,利便性とのプライバシーを含めた人権保護とのバランスを考える上で示唆に富む内容となっている.

「スマートシティにおける「移動」を支える時空間情報プラットフォームの構築」はまちの時空間情報プラットフォーム構築に関する技術的課題とその解決に向けたアプローチについて紹介している.この時空間情報プラットフォームは我々の仮説におけるメタサービスに位置づけられる.特に人やものの移動をスマート化する上で必要な空間の情報とその時間軸に沿った変化の情報を検索して利用できるプラットフォームの実現に向けて,技術面・運用面・社会実装面での現状の課題とプロジェクトでのアプローチがよく整理されている.現在進行形のプロジェクトに関する報告が中心であることから,サービスのレイヤーでの具体的事例や運用面・社会実装面の課題に関する解決方法については今後の展開を期待したい.

「スマートシティとポスト人間中心デザイン」ではスマートシティの基盤となる現在のIoT,Cyber Physical System技術で構築されるメタサービスやサービスのレイヤーからなるネットワークに「知性」を感じさせる機能が備わり,人々がとる日常の定型的な行動が変化するに至る様な新しい社会の実現に向けたJST CREST ABCプロジェクトの取り組みとそのコンセプトについてご紹介をいただいた.人を取り巻く環境に宿る知性や,メタサービスレイヤーで収集される情報により人知を超える視点を得ることができる知性のメタファとしてキノコとブッダを取り上げた大変に興味深い議論が展開されている.ここで取り上げられたポスト人間中心デザインで議論されている新しいインタラクションは,我々が仮説としておいたメタサービスレイヤーとサービスレイヤーのインタラクションにも通じるところがある.本稿の冒頭でレイヤー間やレイヤー内で起こる様々なインタラクションによりまちの新たな機能や文化が形成されるという仮説について述べたが,市民の行動が変容することで生じる新しいインタラクションまでを見据えてスマートシティを設計することの重要性を改めて感じることができる内容であった.

これらの特集記事は,スマートシティの実現に向けた過去,現在の技術的・社会的課題と解決への取り組み,未来に向けた新しいコンセプトなどについて,様々な側面から多くの知見を示してくれた.このように多くの取り組みがなされている一方で,新しい機能が定着した先進的な事例がなかなか見えてこないのもスマートシティの実情ではないだろうか.様々な先進的な取り組みを社会実装に繋げるために,行政,市民,企業にも価値観や行動の変化が求められている.

そもそも人類は生活の利便性や安全性を高めるために集まって生活をはじめたはずだが,その密度や規模が大きくなりすぎた結果,環境問題やエネルギー問題など,人が密集して生活することによる弊害が明らかになってきた.スマートシティ構想はこういった「まちが本来持つべき機能」の良い面をIoT, ICTにより拡張すると同時に,弊害が極力出ない様にその仕組みを最適化する取り組みであるといえる.スマートシティに関する特集が発行されているこの期間,社会ではCOVID-19拡大感染防止の取り組みが最大の関心事であった.感染症の拡大はまさに人が集まって生活することによって起こる弊害の一つである.COVID-19により人の生活や価値観が一変した現在,スマートシティに対する取り組みがどの様に変容していくのかについても今後注目していきたい.

参考文献

Vargo, S. L., Wieland, H., and Akaka, M. A. (2015). Innovation through institutionalization: A service ecosystems perspective. Industrial Marketing Management, 44, 63–72.

著者紹介

大隈 隆史
国立研究開発法人産業技術総合研究所 人間拡張研究センター スマートワークIoH研究チーム長,博士(工学).人の「はたらく」活動を人間拡張により支援する技術の研究開発に取り組む.

根本 裕太郎
東京都立産業技術研究センターIoT開発セクター副主任研究員,博士(工学).サービスにおけるテクノロジー活用とウェルビーイングに関心をもち,日本TSRコミュニティの共同主宰を務める.

赤坂 文弥
NTTサービスエボリューション研究所 研究主任,博士(工学).Living Lab,Service Design,CoDesign,HCIの研究と実践を行っている.サービス学会,デザイン学会,ヒューマンインタフェース学会の会員.

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